読書感想文 松永猛裕著『火薬のはなし』

火薬のはなし (ブルーバックス)

火薬のはなし (ブルーバックス)

帯のあおり文句は「同じ重さのTNT火薬とチョコチップクッキー、エネルギーが多いのはどっち?」です。どういう質問の答えは想定するのとは違うのが正解というのは常道です。




明確なコンセプトに基づいて著された非常に興味深い本です。そのコンセプトとは「軍事分野に言及せずに火薬、爆薬について解説する」というものです。産業用の発破、ロケット、そして花火、さらには医療。軍事分野以外にも火薬が活躍するところはたくさんあります。
火薬、爆薬は軍事需要がその発展の後押しになってきたことが容易に想像されます。しかしながら、少なくともこの本で言及されている分野では、火薬爆薬というのはすでに完成の域に達した技術であり新しいブレークスルーは生まれづらいということをこの本で知ることができました。
通常触れることがある火薬には燃えたときに独特の臭いがあります。その臭いは実は火薬の中でも黒色火薬特有のものであり、その黒色火薬は8世紀に発明されてから現代に至るまで大きな改良を施されておらず、かつ今なおそれに変わる火薬は存在しないというにわかには信じがたいことが書いてあります。
たとえば花火の発射。コストを考えなければTNTとか他の火薬爆薬でもいいのではないかと素人は考えます。しかしそうではなく黒色火薬ではないと花火が打ち上がらなかったり筒が爆発したりしてものにならないということです。
また、爆発物の代名詞として誰もが知っているダイナマイト。ダイナマイトはノーベル賞との絡みもあって知名度が最も高い爆薬だと思います。そのダイナマイトは今はもうすでに存在していない。ダイナマイトを名乗る爆薬であってもその主要な成分はニトログリセリンではないという衝撃の事実もこの本で知ることができました。


そしてなによりも衝撃的だったのは強力な火薬/爆薬=よい火薬/爆薬ではないという考え方です。どんなに強力であっても扱いやすくないと用をなさないという考えてみれば当たり前の事実です。通常は爆発せずに爆発してほしいときにしっかり爆発するという性能が重要であると。中には結晶化するときにその結晶同士がふれあうだけで爆発する物質もあるというのは怖い話です。また私も子供の頃にやった理科の化学実験で意図せずにできてしまう爆発物もあるというのもまた怖い話です。そういう物質ができないように工夫をする、その工夫をするだけの知識を持つというのが非常に重要なことだなと思い知らされます。
現在産業用に使用されている爆発物の主流は、性能はそこそこだが破壊力は十分、かつ比較的扱いやすいという特徴を持っているとのことですが、その物質に爆発性があるということが知られたのは不幸にして肥料の原料が爆発するという事故が起こったからだというのがなんとも皮肉な話でもあります。


読んでみて損はない一冊だと私は思います。