京極夏彦著 『邪魅の雫』 「邪」な死

  • 殺してやろう
  • 亡くなった
  • 死んでいる
  • 死にそうだ
  • 死のうかな

  • 殺したよ

  • 殺される訳じゃあるまいに
  • 殺す以外にない
  • 死因
  • 死んじまっちゃアお終いだねえ
  • 殺されたことは間違いない

  • 殺されて仕舞いました

  • 殺人事件は専門外
  • 殺害された
  • 殺せないだろう

  • 殺人

  • 殺されたみたい
  • 死んだ
  • 人殺しですか

  • 殺したんだよ

  • 殺害された
  • 死んでいた
  • 殺人ですよ

  • 殺してしまった

  • 殺す気なのか

  • 殺した

  • 死んだのか
  • 死が凝縮された





邪魅の雫 (講談社ノベルス)

邪魅の雫 (講談社ノベルス)





京極夏彦著、京極堂シリーズ最新作「邪魅の雫」。
この小説には「死」のイメージが凝縮されている。シリーズ前作では「死」を一種無効化し、前々作では「死」が全ての謎を解く鍵になっていました。しかし、この作品では真っ正面から「死」あるいは「殺人」と向き合っている。
江戸川、平塚、大磯、…連続毒殺事件。
その中心には常に…。

作者と作品

まず、作中で中禅寺秋彦こと京極堂が語る作者・作品論。それを読んで、まさに「我が意を得たり」と思った。作者と作品とは別物である。そして、読者がたとえ仮に正確に作者の考えをトレースすることができたとしても、それは作者から見れば当たり前のことだ。
ここで気を付けなければいけないことがある。京極夏彦氏と私の意見が似通っているという感想を持ってはいけないのだ。京極夏彦氏が作中に創造した京極堂という人物が私と似通った考え方を持っているという読み方をしなければならない。作者と作品、作者と作中人物は別なのである。

戦争

京極堂シリーズには「戦争」の陰が常につきまとっている。第二次世界大戦、太平洋戦争、大東亜戦争。この作品の中でもその戦争について触れている。そして、その戦争の中で暗躍したと言われる「あの組織」の存在が、事件解決の鍵の一つとなっている。
「あの組織」が戦時中に取ったといわれている行動と、別の国で起こったありえないような悲惨な事実とを作中で比較する部分がある。
どちらがひどいか、ではなく、両方ひどいのだ。
邪悪なこととはなにか。物語中盤で読者はその重い課題を突きつけられる。作中にその答えはない。答えを出すのは、そう、読者自身だ。もしかすると、決して答えを見いだすことはできない質問なのかもしれない。

推理小説

京極堂シリーズは紛れもなく推理小説である。ホラーと捉える読者、歴史小説を読んでいるような感覚を持つ人、SFの一種として楽しむ方、いろいろな読者がいらっしゃると思うが、少なくとも私はそう思っている。
京極堂シリーズは、確かに、いわゆる本格推理のような精密なロジックがあるわけでもなく、社会派推理のように社会の暗部を鋭くえぐり作中で制裁を科すわけでもない。
そこにあるのは
「そういうことなのだ」
とわかる快感である。
京極堂シリーズを見ると、いわゆる名探偵クラスの登場人物二人と地道な操作をする刑事タイプの人々、さらにワトソン博士的な登場人物が配置されている。推理小説としてみると、この名探偵二人というのが非常に面白い。一人は事件を解決するのではなく再構築する。そして、その結果をまだわからない人々に披露し、幕を引く。もう一人はロジックを組み立てるのではなく「わかってしまう」。しかし、それを人に伝えることはしない。というよりも人に伝えるすべを持たない。
前に島田壮司氏の推理小説について「謎の呈示方法がうまい」と書いたが、京極堂シリーズに置いては「謎の開示方法がうまい」と感じている。もしそれが上手でなければ愛読する人がこれほどまでに多いと言うことはないであろう。名探偵クラス二人のバランスがあるから、謎の開示が非常にドラマチックになっている。そして、その場面を効果的に演出するために、前述したような一見物語の本筋とは関係ないようなことを登場人物に語らせているのだ。


以下は余談である。
私自身、推理小説を読むのが大好きであり、できることなら自分で書きたいと思ったこともあった。しかし、根本的に創造力に恵まれていなかったようで、これまでの人生で何一つアイディアを生み出すことはできていない。
その代償行為として書いたのが2005/11/27の日記である。読書感想文という謎とは無縁のテキストで「謎の呈示」「謎の開示」のまねごとをしてみた。おおよそ読むに耐えない物だと思われるが、5分程度の暇つぶしにはなると思う。

物語・語り手

非常に複雑、かつ精密な物語である。その複雑な物語が最後に一つにまとまる快感がある。私はその習慣がないので普通に読んでしまったが、しっかり読むにはメモを取った方がよい。
しかし、途中退場した登場人物はその快感を知らずに虚構世界から立ち去っているのだ。作中の言葉を借りれば「憑き物」が落ちないままにいなくなってしまう。逆に落ちなかったから消えざるを得なかったと言うべきか。
登場人物それぞれが、それぞれの物語を身にまとっている。一見関係ないように見えることが絡み合っていて、逆に関係あるように見えることが無関係だったりするわけだ。読者は気を抜かない方がいい。物語から脱線しているとしか思えない場面が、最後の最後に重要な意味を持ってくることもあるからだ。


この小説では語り手がころころ変わる。場面場面で登場人物が変わるにも関わらず三人称での記述になっていない部分があるからだ。ある場面ではある人物の視点から話が進み、別の場面では別の人物の視点で物語が進む。そしてそこに三人称で俯瞰した文章が混じってくる。
読み慣れない人にとっては読みづらくわかりづらいかもしれない。
一種の揶揄として「結論を先送りするわかりづらい文章は高尚である」ということがよく言われる。そういう意味では、推理小説はまさにその「高尚」な文章である。謎の鍵を握っている人物が、なぜかもったいぶって翌日全てを話したいなどというと必ず他の人物に殺されるとか、そういうお約束があり、結論がなかなか見えてこない。当然だ。結論が出たら話が終わってしまうから。
わかりづらい文章が「高尚」であるとは思わない。ただ、そう言う書き方をすることによって「面白くなる」ことは間違いなくある。
京極堂シリーズだけではなく推理小説では、語り手である「私」が誰だか読者はわからないように表現する手法はよく使われる。「誰か」が「何か」をした場面は描かれる。しかしそれが「誰」なのかは読者にわからない。その方が面白いからそういう表現をしているのだ。


物語を語る人称について、私が比較的読み込んでいる二つの作品を例に挙げてみる。
まずは『涼宮ハルヒの憂鬱』である。
この小説は、主人公の一人称で物語が進んでいく。一人称小説では主人公に感情移入することがたやすい。あたかも自分がその虚構世界に存在しているかのような錯覚を覚えがちである。
その小説の場合は、さらに、地の文と会話文との区別が付けづらい文体を使っている。「ライトノベル」という分類をされる小説らしいが、すんなりと読めない文体である。慣れるまで時間がかかってしまう。しかし、それになれてしまうと逆に主人公と読者が一体化するような不思議な感覚が得られる。そしてその感覚を一度持ってしまうと…
そう、全ては物語の結末をドラマチックにするために、読者を虚構に引きづりこむために用意された舞台装置である。
もう一つは『ハヤテのごとく!』である。
漫画全般に言えることなのかもしれないが、基本的に物語は三人称で進んでいく。読者は「神の視点」から物語を俯瞰することになる。しかし、作中で登場人物の独白が多用されている。その部分では、その登場人物が一人称で語っているかのように思える。
この漫画は私が読む限り京極堂シリーズに非常によく似た構成になっている。登場人物それぞれに物語があり、それらが複雑に絡み合うのだ。しかし、大きく違うところが二つある。一つは全てを解きほぐす、あるいはぶちこわす名探偵役がいないことだ。もう一つはタイムスパンが長いことである。
涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
ハヤテのごとく! 8 (少年サンデーコミックス)

まとめ

久しぶりの京極堂の世界を堪能した。なんというか、物語に翻弄される楽しさがある。
読者としては一番気になるであろう「読後感」については触れざるを得ないのだが…。正直言葉がない。なんと言えばいいのか…。そもそも事件は解決しているのか…。読者それぞれがそれぞれの感慨を持つとしか言いようがない。


救われたのだろうか。救われなかったのだろうか。死ねば救われたのか。いや、物語の最後まで生き残っていた物は、きっと救われたのだろう。
生きていることが、そのなによりの証だ。

この世には不思議なことなど何もないのだよ




人気ブログランキング




ネタバレ

2点だけネタバレを書きます。






















































これは「彼」の事件。
映像化が非常に難しい。




次回作は「ぬえ(変換できない)の碑」とのことです。書く前にタイトル決められるってそれだけで俺は尊敬してしまうよ…


京極夏彦作品の感想を読んですぐ書くのは初めてだったのでちょいと肩に力が入りすぎているかもしれませんね。
一言で感想を書くと
「慣れている読者には読めてしまう展開ではあったけれどそれでもおもしろかった。謎の開示が本当にうまい。」
ってなりますね。


カテゴリ 読書感想文
tanabeebanatのAmazonストア



人気ブログランキング