他人を悪く言うのは簡単。他人のせいにするのはもっと簡単。



上に書いたようにはてブの上の方から拾ったのですが、まさかソーシャルブックマークの話だとは思わなかった(笑)。




この記事に書いてあることと俺が考えていることとは根本的に違っているんだなぁと思いましたねぇ。

全体の中の1%満たないとしても、強い問題意識を持った数人が少しずつ動くことで少しは何かが変わる可能性が上昇する気がします。



俺はこういう価値観は過去の物になりつつあると思っているんですよね。今までは言論の自由ってのは本当の自由ではなかった。極々限られた「声の大きな人・組織たち」のみが享受できる自由だった。そして、なぜかインターネットで発言力がある人たちもそういう考え方に走ってしまいがちなんですよ。みんながみんなって訳じゃ無いと思いますけどね。そういう傾向があると俺は見ている。
インターネットがもたらした、あるいはこの先もたらす物はそういう物ではないと俺は思うのですよ。
誰もが言論の自由を勝ち取れる時代なのではなく、誰もが知らず知らずのうちに言論の自由の中に身を置いている世界なんじゃないかなぁ。


そこでは「発言力」などと言う物の価値は相対的に低くなり、さらには「発言者の信頼性」などと言う物の価値も相対的に低くなるんじゃ無かろうかと思っているのですよ。


ここで表題の件に戻ります。っていうかタイトルを読み直して全然違う話になっていることに気づいた(笑)。


そういう時代になるとみんな気づくんじゃないかな?自然と。自分の意見を書くことの難しさってことに。今日のこの記事みたいに、元ネタがあって何か書くってのはわりと簡単なんですよね。そして、元ネタを批判することはもっと簡単。で、何か突っ込まれた時には元ネタのせいにするのはとっても簡単です(笑)。
そういう記事、つまりこの記事を含みますが、の価値は今後どんどん低くなっていくんでしょうねぇ。




簡単簡単って書いたけどまとめの言葉が思い付かない。やっぱ自分で考えて書こうとするとめんどうだし難しいねぇ……。