読書感想文 綾辻行人著『奇面館の殺人』

奇面館の殺人 (講談社ノベルス)

奇面館の殺人 (講談社ノベルス)





読書感想文を書く時にはその前に必ずその対象となる作品を反芻します。もちろん読み返す事もあるし、読み返さないまでももう一度思い出しながら味わうということをすることもあります。
この読書感想文を書く前にもその作業をしました。
そして、感動してしまったんですよ。


これぞ本格ミステリーなんだろうとね。




と、書く前に……。
無粋ですがひと言だけ。この感想文には読む人によっては許容を越えるネタバレを含む場合があります。推理小説が好きでこの本を読む事に決めている人はなるべくならこの感想は読まないでいて下さい。
本当に無粋な断り書きだなぁ。猫は電子レンジに入れないってのと同じレベルだ。




吹雪の山荘。首の無い死体。破壊された被害者の指。そして……。「探偵」と「容疑者」の顔を覆う外せない仮面……。
げっぷが出るくらいの舞台装置です。
でね、でね、これが俺が感動した所なんですけれどね、それら全てに明確な理由があるんですよ。
死者の首を切り取るという無駄な作業を行うにはそれ相応の理由があるはず、という論法は最近の推理小説ではおなじみの物です。小説家は手を変え品を換えいろいろな理由を用意しているけれどその流れ自体には目新しさはありません。指を破壊するってのは逆に容易に理由が創造つくのでそれを裏切る何かを用意しているんだろうなぁと言う創造はつきます。
しかし、あとの2つ。これはちょっと想像できなかった。


探偵と容疑者の顔が見えないって言うのは舞台劇的に面白いなぁと言うのがまず一つ。そしてそこには推理小説である以上明確な理由があるんだろうなぁというのは想像します。
幻想小説っぽい舞台装置なのでどうしてもとある方向に思考が傾きがちになってしまうのですよね。もちろんそれは作者が狙っているわけで……。そのために可愛い?のかどうかはしらないけれど、事情を知らないメイドさんまで出してきているんだろうなぁと思いますね。
そしてもう一つが吹雪の山荘だ。
警察の介入を防いで探偵の推理劇を可能にするため。もちろんそうなんですけれどねぇ。


いや、これ、吹雪の山荘でないと物語が成立しないよ。そこだけがこの推理小説の弱点と言ってもいい。




推理小説ばっかり読んでいると不思議な事には必ず理由があって、そしてそれは作中で解き明かされる物だという先入観を持ってしまいます。その先入観にあてはまる事こそが本格推理小説の条件なのでは無かろうか?とこの作品の感想文を書こうとして思い至りました。








さて、本作のメイントリックについて触れます。








もちろん読む人によって何がメイントリックなのかという判断は別れると思うのですが、俺にとってのメイントリックはあれとあれなわけで。あれじゃわからんよね。あれだよあれ。具体的に書くわけにはいかない(笑)


いやぁ。あれってさぁ。情報の齟齬なんですよねぇ。それがなければ秘密でも何でもない。そしてそこに情報の齟齬があるかもしれないというのは物語冒頭、というか物語が始まる前に綴じられている建物、つまり奇面館の間取り図でもはっきりと臭わされているんですよね。
読者としては「あれ?おかしいな?」とは思うんですよ。具体的に言われれば「あー。そーなんだー」なんですけれど、作中においては決定的な謎ではあるんですよね。


しかし、その謎って登場人物によっては謎でも何でもない自明の事であって、だからこそ言及されない事で謎になっているんですよね。
今はお休みの『ハヤテのごとく!』と似ているなぁと。そうそう、あれって推理小説ではあまりやらない謎の開示方法を使っていたのでそれも印象的だったんですよね、最初のうちは。『奇面館の殺人』では、その謎の開示は多少芝居がかってはいるけれど、探偵役の登場人物と読者にとっては謎、あるいは誤解をしていることが、犯人以外の登場人物にとって自明であるというのは面白いなぁと。
重大な事に気づいた第三者が、探偵役に「明日話す」とか言うと「ああ、死亡フラグ立ったな」とか思うじゃないですか。明らかに謎を手に入れたぞって言う意識が登場人物にもある。この謎はそうではなくて、知っている人にとっては自明の事なので語っていないだけなんですよね。




こうやって思い起こせば起こすほどこの小説は本格推理小説だなぁと思います。もちろん、作中でも語られているように、俺がメイントリックだと思った所がフェアなのかそうでないのかという意見は別れるかなと思いますが、くどいくらいに違和感を持たせているのでフェアでありたいという気持ちは痛いほど伝わりました。




『館』シリーズは後1作で終わっちゃうのかなぁ。
ここまで思い起こすと……。
十角館の殺人』は、たしか「まだあった大トリック」だったんだよなぁ。でも俺が一番印象強く思ったのは『時計館の殺人』ですねぇ。これこそ「まだあった大トリック」だなぁと……。
学生時代から読み続けているシリーズが終わるかも知れないと思うと切ない物がありますねぇ。あの頃は今思うとものすごい分量の本を読んでたなぁ。