電気が担うエネルギー通貨としての役割はこれからも続くのか?

一般向けの、たとえばブルーバックス岩波新書というレーベルで出版されている分子生物学の本を読むと必ず言及される化学物質があります。
それは「ATP」。アデノシン三リン酸です。

DNAの構成要素でもあるアデニンに糖とリン酸が結合した化合物です。
その化合物は地球上に存在する全ての生物にとって、共通して使われる物質であり、生体内で使用されるエネルギーはATPという物質と言う形に変換されて利用されるということが書かれています。


そのことを、生体内での「エネルギー通貨」と表現されることもあります。

様々な物質を一旦ATPという形に変換し、それを分解する事によって必要なエネルギーを得る、その仕組みによって生物は、植物も動物も生きることができている、その役割は現代社会における通貨に似ている、そう言う意味で「生体内のエネルギー通貨」という表現がなされているのです。


さて、生体内のエネルギー通貨と同じような役割を持つものが、実は現代社会にも存在します。


それは、電気です。




我々は、化学エネルギー、位置エネルギー、運動エネルギー、光エネルギー、さらには原子核が持つエネルギーに至るまで、一旦電気エネルギーに変換して使用する事が多くなっています。
しかし、そういう方法でエネルギーを利用するようになってからの歴史はそれほど長くはありません。せいぜい100年ちょっとの話です。
生物の、いや、人類の歴史から見ても非常に短い期間で、電気はエネルギーの主力として地位を固めました。


電気エネルギーがこれほどまでの地位を占めた事にはいろいろな理由があります。
1つは他のエネルギーへの変換が比較的容易であると言う事。今現在ちょっとだけ思い起こしてみるだけでも、光への変換(電灯等)、熱への変換(暖房)、運動への変換(電車)等で利用しています。そしてもちろん、今こうしてコンピュータ上で文字を入力している時にも電気エネルギーの力を借りています。
さらに、伝送と持ち運びのしやすさがあります。初期投資は莫大ではありますが、一旦伝送経路を造ってしまえば、電気は、それ自身が比較的運びやすいエネルギーとなります。さらに、電気エネルギーが他のエネルギーに変換し安いという特徴を使って持ち運びしやすくする事もできます。いうまでもなく電池がそれにあたります。電気エネルギーを化学エネルギーに変換してそれを必要な場所で必要な時に必要な分量だけ、しかも他のエネルギー変換に比較すると非常に高い効率で電気エネルギーに変換する事ができます。


他のエネルギーに変換する事が可能という事は、ためておく事も比較的容易ということにもなります。揚水発電所がその例です。電気エネルギーを位置エネルギーに変換し貯蔵しています。


また、電気エネルギーは目的に応じて使用する量を調節しやすいという特徴もあります。豆電球や携帯電話、スマートフォンを機能させるのは電気エネルギーですが、新幹線を動かすのもまた電気エネルギーです。エネルギーとしては全く同じです。伝送方法と使用量に大きな差があるだけです。




このように、様々な面で利用しやすいという特徴があるが故に、電気は、非常に短い期間でエネルギーの主役の座を占めるに至りました。
そして未だに別のエネルギーから電気エネルギーへの変換を行う研究は進められていますし、他のエネルギーを使用している分野への電気エネルギーの進出も期待されています。


電気は、現代社会におけるエネルギー通貨としての築き上げているのです。


しかし、電気はこの先もその地位を守っていけるのか?それはわかりません。応用分野、おそらくは理系の言葉で言うと工学分野というのでしょう、では当面電気エネルギーの利用と生成は大きなテーマになるのでしょう。しかし、基礎研究分野、たぶん理学分野と置き換えても間違えないのでしょう、ではまた話は違うのかもしれません。細々と、かもしれないですが、電気に変わる、変わるという事はもっと利用しやすいエネルギーということです、を見いだそうとしている科学者がいるはずです。
もちろん彼ら彼女らの努力は実を結ばないかも知れませんが、仮に実用化できなかったとしても応用範囲が広い成果を産み出す可能性もあるし、実際我々には知られていないだけで、すでにその成果は応用されているのかも知れません。




たとえば将来磁気エネルギーが電気エネルギーより利用しやすくなったとしたら、社会はまた大きくな変革を余儀なくされるのでしょう。しかし、次のエネルギーがなにであったとしても、そのエネルギーもまた電気エネルギーとの相互変換ができる可能性が非常に高いので、きっとその変化は緩やかな物になるのでしょう。