読書感想文 伏見つかさ著『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』10巻 リトライ

小説、あるいは物語が目指しているのは、たった一つの誰もが納得する方向性ではないと私は思っています。
理屈抜きに面白い物語を目指す作品もあれば、読者に感動を与える事だけを目的にした作品もある。作者、あるいは作者が創造した架空の登場人物の主義主張を読者に訴えることを主眼に書かれた作品もあるだろうし、現実に起こった事件、事故、社会風俗に独特の解釈を与えようとする試みもある。さらには、純粋に、その作品を著している言語をいかにうまくつかうか、ということを狙った作品もあります。もちろん、私が好きな推理小説だけをとっても上記にはあてはまらない作品もたくさんあります。
作品それぞれは目指している所が違いますし、時によっては、作者が目指していた方向とは別の成果が得られることもままあるのではなかろうかと推測しています。


小説、あるいは物語が目指す方向性の一つとして、「現実に近い架空の世界を構築する」という目標があります。繰り返し書きますが、これは一つの方向性であって普遍的な目的地ではありません。現実ではあり得ない上に、その世界の中でも整合性が取れていないような荒唐無稽な世界を構築しても別にかまいません。そういう作品はそもそも読者が現実の世界と置き換えて理解できるような架空の世界を構築することを求めていないのですから。


前置きが長くなりましたが、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 10巻』を読んで感じたのは、「面白い物語を書く」という目論見が「現実に近い架空の世界を構築する」という副産物を得て、それがさらに「面白い物語」を作るのに貢献しているのかな、ということでした。




この物語も終わりに近づいている、そう言う感想を持ったのはわたしだけではないでしょう。しかし、その理由はそれぞれに違うのかも知れません。
私がそう思った理由は、今まで別のコミュニティに従属して描かれていた登場人物たちが、全員ではないけれど、一同に会する場面があったところです。
この作品では非常に現実に近い世界が描かれています。そう感じるのはなにも超能力やら超自然現象やらが起きないからではありません。登場人物それぞれが、いくつかの違うコミュニティに属していてそれぞれの場所でややもすると一貫していない行動を取っているからです。
家族、学校、学校以外の友人、自分が属さないコミュニティとコンタクトする場面、そのそれぞれで登場人物たちは違う一面を見せます。そして、それぞれのコミュニティの中でも物語が進むに連れて違う一面を見せます。
桐乃は家族の前、特に京介の前と、あやせを始めとする学校での友達の前とでは、違う性格が表面に現れます。10巻で示唆されたように、その両方が彼女の「本当の姿」であり、どちらかが嘘でどちらかが本当というわけではないのかもしれません。
1人称で語られている京介にしても、時と場合と相手によって、全く別の対応を取る事があります。
それは至って当たり前の事。整合性は取れていないけれど人間の行動としてはとても現実っぽく感じるんですよね。


話を戻すと、10巻では京介の一時的な引っ越しというイベントをきっかけとして、京介の級友、桐乃の学校での友人、桐乃のネットを介して知り合った友人という、読者にとってはおなじみだけれど、登場人物それぞれにとっては、今まで縁の無かったコミュニティに属する人との出会いが描かれています。そして、周りの人からは初めての遭遇だと思っていたのに、当の本人たちにはつながりがあったというケースも描かれています。そう言う場面は物語の都合上なのかなぁとも思えますが、「現実でも浅草のサンバ王を紹介してやる!」と言われてワクワクして出かけたらよく知っている人が出てきて「いつからサンバ王になったんですか?」という質問から会話が始まるみたいなレアケースもあるらしいので案外現実っぽいのかもしれません。
9巻を除いて京介の1人称で描かれている作品なので、今まで京介の目が届かないところについてはあまり触れられてきませんでしたが、特にメインヒロインの桐乃の視点で状況が語られた事によって、登場人物が暮らしている架空の世界での人間関係が、読者に対してすこしずつ明かされています。


10巻も京介の1人称ですが、カバー折り返しのあらすじ紹介では桐乃目線になっていますよね。これが面白くって……。ここには本編では描かれていない桐乃の心情が書かれているんですよね。
それがこういうところに書かれると言う事は、やはりこの物語も終わりに近づいているのかなぁと改めて思います。




しかししかし、そんな感慨をぶちこわすラストシーン(笑)。いや、終わりが近いという感想は変わる事はなかったんだけれど、あやせの心情にも決着が付かないと終われないという条件から考えればこれはこれで終わりが近づいたという印象もあるのだけれど、次巻でいきなりラストシーンというわけにはいかなくなったのかなぁと。
今まで交流がなかった面々が出会う事によって、新たな物語も生まれます。京介がかつて「絶対に会わせたくない」と思っていた黒猫とあやせが出会う事によって物語が生まれちゃったんでしょうねぇ。黒猫とあやせは2人とも桐乃と京介の2人ともをかけがえのない人と思っていて、桐乃に対しては2人ともその気持ちが伝わっていたけれど、京介に対しては黒猫の思いだけが伝わっていたという状況だったんですよね。あやせもいずれはその気持ちを伝える事になったのだろうけれど、引き金を引いたのは今さら遭遇したライバルとも言える黒猫なんでしょうなぁ。
もう一つ、麻奈実と沙織が出会った事によって、今までは解決が難しく思えてきた様々な物事がさらっと水に流せるようになるのかも知れません。軟着陸ですね。




京介は人生における壁である受験を迎え、桐乃は麻奈実との決着をつけ、まだ明かされていない新しいコミュニティに属することになる。
時期的に考えてももうすぐ物語は終わるのかなと思えますし、案外とその先もしばらく続くのかなとも思うし続ける事は決して不可能ではない構成なのかなとも思います。
この物語の愛すべき登場人物たちは、人生の節目を迎えた後も、読者が読める物語が続くか否かに関わらず、この架空の世界を生きていくんだろうなぁ。








1週間という短期間で感想文リトライをしたのはたぶん初めてだと思います。前回納得いかなかったという割には、前回書いた事は何となく割愛してしまったので、結局前回と今回の両方でなんとか少しは自己満足が得られる物が書けたかなぁと思います。
リトライなので、他作品言及はしないという縛りを外そうかと思いましたが、やっぱそれはこのサイトにアップロードする読書感想文のアイデンティティなのでやめました。と言う割には例外が多すぎますけれど(笑)。
前回書けなかったのは前置きの部分がほとんどです。
ライトノベルとか推理小説とか漫画とか、ジャンルはいろいろありますけれど、おれとしてはそう言うジャンルは関係なく、なにか新しいことにチャレンジしている、あるいはなにか新しいことが産み出されようとしているっていう所に興味を惹かれるんですよね。