第五日:『ここ』とは違う別の世界

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昨日書いたことを繰り返す。僕は、ハヤテのごとく!という物語の「幹」が、綾崎ハヤテ君という少年と、三千院ナギちゃんという女の子の成長にあるはずだと思っている。


今日は昨日に続き「枝葉」の部分、その中でもハヤテのごとく!の作中に存在するいくつかの世界という観点で考察する。


その前に二点お断りしておかなければならないことがある。
一つ目は、今までの日記で何度も触れている事だが、僕は筒井康隆氏の小説に激しく影響を受けている。そのために「虚構」という物については偏った考え方を持っているかもしれない。筒井康隆氏の考えが偏っているというわけではなく、氏の虚構に関する考察を読んで僕がとらえた結果が偏っているかもしれないということである。それをふまえた上で読んでくだされば幸いである。


もう一つは今日の話をするに当たって、どうしても四巻収録分を超えた範囲について言及しなければならないことだ。言及せずに組み立てる事も試みたのだが、僕の文章力では論をなさなくなるので断念した。週刊連載を未読の方、申し訳ない。


それでは本題に入る。


物語の類型の一つに、ある世界にいた登場人物が突然別の世界に放り込まれる、あるいは逆に、ある世界に別の世界から突然ある人物がやってくるというモチーフがある。百巻を超えてまだまだ完結に至りそうもないグインサーガもその二つ目の類型である。それ以外にも週刊少年サンデーに連載されている漫画に限っても、いくつもこの類型に当てはまる物がある。皆さんも思い当たる作品がたくさんあると思う。


そして、ハヤテのごとく!もその類型に当てはまる漫画である。


この物語は、ハヤテ君がナギちゃんの住んでいる世界に入り込んでいく所から始まっている。ハヤテ君が今まで暮らしていたのとは全く違う世界がそこには存在している。この漫画の場合は、そこにハヤテ君が自ら飛び込んでいく、あるいは飛び込まざるを得ない状況になるという設定ではなく、状況は異常な物であるがいくつもの幸運な(あるいは不幸な)偶然が重なりある意味自然に入り込んで行った。


この物語の階層は今のところ二階層である。

  • ナギちゃんの住む大金持ちの世界

この世界のことを今後「ナギの世界」と呼ぶことにする。物語の中でこの世界を支えているのは三千院ナギという「ちっちゃな女の子」である。

  • 西沢さんが住み、ハヤテ君がかつて暮らしていた庶民の世界

この世界のことを今後「歩の世界」と呼ぶことにする。西沢さんはこの世界を支えているわけではない。しかし四巻現在でその世界にとどまっている登場人物は彼女だけなのでこの呼び方にする。


今のところと書いたのは、少なくとももう一つ世界が用意されているのではないかと考えているからだ。もしかすると他にもあるかもしれない。現在の時点ではそれらは顕在化していないが、四巻を読んで一つだけリストに加えておくことにした。

  • ハヤテ君、ナギちゃんなどが通う白皇学院の世界

他の世界同様の表現をするならばヒナギクの世界」である。
今回の一連の文章の今日以外の項目でこの世界に触れることはおそらくはない。僕にとって言及するにはまだ材料が少なすぎる。


ハヤテ君が「歩の世界」から「ナギの世界」に入った事によるズレが発生し、それが物語の初期のメインになっていく。屋敷内で道に迷ったり、ロボットと戦ったり、ペットとして飼われているトラ「タマ」に驚きながらも戦い、さらにタマがしゃべることを知り崩壊したりしながらも、ハヤテ君にとっては未知の「ナギの世界」になじんでいく。このズレをつかった話はこれからも創出されていくことであろう。
そこは別の世界だから、今までいた世界、「歩の世界」と違うのは当たり前という認識も持っている。そして、また、ハヤテ君は元々自分がいた世界を懐かしむ気持ちも持ち合わせているようだ。


さて、この二つの世界には、作者自身が語っているようにインターフェースが用意されている。ワタルくんが経営しているビデオレンタルショップである。この店を交点として、「ナギの世界」と「歩の世界」、二つの世界が交差するのである。


二つの世界を用意すると物語に深みが増すという効果もある。登場人物が元々暮らしていた別の世界を懐かしむ描写を挟むことで、今おかれている状況の異常さを際だたせるという手法はよく使われる。しかし、このハヤテのごとく!では二つの世界をそれとは別の方法で使おうとしているのではないかと考えている。


僕はこの「ナギの世界」「歩の世界」という二つの世界を、登場人物の成長のために使おうとしているのではないかと考えている。登場人物、特にナギちゃんの成長である。
ナギちゃんは頭脳明晰で大金持ちの世間知らずのお嬢様として設定されている。そして彼女を含む登場人物たちの成長がハヤテのごとく!という物語の幹であるということは繰り返し書いた。その、彼女の成長に「庶民」の住む「歩の世界」との交流というのが深い意味を持ってくるのではないかと予想しているのだ。
ハヤテ君がやってこなければおそらく知ることは無かった世界である。ハヤテ君が「ナギの世界」に飛び込んできたおかげで、彼女は別の世界を知ることができた。さらに、そこでハヤテ君が元々いた世界「歩の世界」に住み、出会っただけでそれがわかるような宿命のライバルとなる少女、西沢さんとも出会い交流する事ができるようになったのである。


自分が今まで知らなかった世界を知ることにより、人間的に成長していく。その、他の物語でも繰り返し繰り返し描かれているモチーフもハヤテのごとく!の要素の一つである。


もう一つの「ヒナギクの世界」。その世界については本当に設定が存在しているのか、他の世界以上に自信はない。もし存在するならば「ヒナギクの世界」はナギちゃんではなくてハヤテ君の成長に関わってくるのではないかと考えている。ハヤテ君にとっては「ナギの世界」が今まで知らなかった「『ここ』とは違う別の世界」にあたるはずなのだが、もしかするとこの先の展開上、どうしても「ヒナギクの世界」が必要になってくるのかもしれない。


すでに作者からはヒナギクさんと西沢さんが作中で出会うことが示唆されている。その時に何が起こるのか、今から楽しみにしている。そして、ナギちゃん、西沢さん、ヒナギクさん、言い換えると「ナギの世界」「歩の世界」「ヒナギクの世界」それぞれを代表する三人が一堂に会したとき、この物語は、ある新しい展開を迎えるのではないかと考えている。


さて、別の世界に取り込まれるというのはギャグ漫画でも類型として存在するという話は二日目にも書いた。そしてハヤテのごとく!でもそのズレを使ったギャグを多用している。しかしギャグ漫画の場合は根本的な問題が起こることが多い。ズレを使っての笑いを作っているうちに、全ての登場人物がどちらかの世界、通常は、より異常な世界、おそらくこの漫画の場合は「ナギの世界」に取り込まれてしまうのだ。例えばうる星やつらの場合、普通の少女だったはずのしのぶはいつのまにか「怪力」というあり得ない力を持ってしまったように。


ハヤテのごとく!がこの先、この少なくとも「ナギの世界」「歩の世界」の二つの世界を維持できるのか。これは物語としても重要な問題である。そして、先ほども書いたことだが、この漫画でという限定付きだが「歩の世界」を一人で支えているのが「西沢さん」なのである。彼女はナギちゃんのライバルという非常に役割も持たされているが、並立する別の世界の代表という重要なポジションも担っているのだ。
だから、それだからこそ、畑健二郎さんは、西沢さんという登場人物が彼女以外の登場人物とは違う世界にいることを明確にするために、必要以上に冷遇しているのではないだろうか。


その二つの世界のずれ、ハヤテのごとく!の場合に一番わかりやすいのは「お金」の価値観である。ハヤテ君にとっては「死のう」とさえ思うような一生の一大事であった一億五千万の借金。それが「ナギの世界」の「ちっちゃな女の子」にすぎないナギちゃんにとっては、別にあげてしまってもかまわないような価値しか持っていないのである。ここでの二人の価値観には決定的な差異がある。この価値観の違いというのもハヤテのごとく!がテーマとして取り上げている事の一つとして挙げられる。




大金持ちと庶民という切り口以外にもこの漫画には階層化された部分がある。

  • お金に価値を求める人、求めない人
  • いわゆるオタク文化に染まっている人、いない人

である。


まず前者については感覚的にわかるであろう。現在お金を持っている、持っていないに関係ない。執着するか否かである。執着する人には執着しない人のことが理解できない。執着しない人には執着する人のことが理解できない。その対立軸もこの漫画には用意されている。この対立が今後物語にどう影響していくのかの予想は僕にはまだついていない。


後者については意外に思われるかもしれない。が、四巻のプロフィールで作者からもほのめかされたので自信がわいた。
畑健二郎さんはパロディなどで漫画、アニメについて語らせる登場人物を慎重に選んでいるように思える。この登場人物はアニメを見ない、漫画を読まない、別の登場人物はそちらに精通している、その線引きをしっかりしているように思われる。
この対立軸が物語に関連するかは不明だが、もしかすると驚くような仕掛けが用意されているかもしれない。


その対立軸もふまえた上で登場人物の細かい色分けがなされているのではないかと僕は感じている。それぞれのキャラクターの「基本属性」以外にも、住んでいる世界を切り口とした分類、持っている価値観を軸とした分類、文化的な背景の差異による分類をすることが可能だ。話の流れによって登場人物達のグループ分けが微妙に変わってくる。それが物語的にどういう意味を持つかはまだ不明であるが、少なくとも毎週の話を展開する上では有利な設定であろう。
ある種別では「A」、別の種別では「3」、他の種別では「イ」というマトリックスが作られるよな感覚である。この例では三次元だが実際にはもっと多次元のマトリックスになるであろう。そしてそれは「萌え」という文化をヒントにしている、あるいは自然に導き出されたのではないかと感じている。「萌え」に関連する話は七日目にもまた述べる。




漫画の世界では価値観が変わってゆくことは比較的少ないと感じている。ところが現実世界に住む人間の価値観は新しい世界を知ることにより変わっていく物であり、また、年月を経て成長しても変わっていく物である。この漫画の場合は現実世界同様登場人物の価値観や背景が変わってゆくのではないかと考えている。その一つの仕掛けが「ナギの世界」「歩の世界」が代表する、二つあるいはそれ以上の世界の並立ではないかと思っている。登場人物が自分とは違う価値観を持つ人との出逢いによって成長していくのである。
価値観の変化については八日目にも詳細に述べるが、もう一点だけ指摘しておこう。この漫画の要素の一つであるラブコメの前提となっている恋愛感情も価値観の一つである。もしかすると物語の中で恋愛感情の価値観も登場人物の中で変わっていくのかもしれない。非常に興味深く見守っている。

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