決定的に何かが違う。でもいったい何が違うのか

ここによると私の87%は気の迷いでできているとのことです。だいたい合ってます。7%が下心ってのもぴったりです。orz
ハンドルなら変えられるけど本名でそれだから変えられねぇよ・・・
ほんとの本名はPCでは入力不能なのでそれが救いか。昔は誤字でも届け出ってうけつけられちゃったんだよねぇ。


今日は夕方に犬に引っ張られに行こうと思ってたんですが雨が降るらしい。予定を変えてマツキヨに買い出しかな。最近行ってかなったなぁ。


追記:地元で結構メジャーな桜通というところがあります。八ヶ崎から常盤平への道。当然その道はさけるわけですが、いつも通っている抜け道が影響で封鎖されてました。まじびびった。やむなく店の駐車場を突っ切るずるをして目的地にむかいました。やむを得ませんでした(笑)東京より松戸の桜の方がきれいだった。気候が二日くらい違うのかな。




自分にとっては決定的な違いがあるのがあきらかなのに、それを人に伝えることができないもどかしさってあります。
自分の思いに共感してくれる人もいるけれど、共感してくれない人にはどうやっても伝えることができない、そういうもどかしさです。


子供の頃筒井康隆作品に夢中になってしまいましたが、そのどこが面白いのか、どこがすごいのかを理解できない人には全く説明することができませんでした。逆に言うと自分自身でも決して「理解」していたわけではなく「感じて」いただけなんだろうなと思います。


高橋留美子作品は、逆に友人から「面白いから」「すごいから」と勧められました。最初は読んでみてもどこが面白いのか、どこがすごいのかさっぱりわかりませんでした。でも、ある瞬間にわかったんですよ。「ああ、これはすごい」と。でも何がすごいか、どこが面白いのかそれはやっぱり言葉にはできない。自分の限界なのかなと思う部分です。




去年の8/20以来、このサイトでハヤテのごとく!という漫画について書き続けています。めんどくさがりのくせに目次サイトまで立ち上げてしまいました。
私は、ハヤテのごとく!という作品には今まで読んできた全ての漫画、全ての小説と「決定的に違う何か」があることを感じ取っています。この作品を手にしたことは運命的な出逢いだったとさえ思っています。
しかし、その「何か」を言葉にすることは相変わらずできていません。言葉にできない以上は自分自身の単なる勘違いであるという可能性を捨て切れません。筒井康隆高橋留美子作品と違い、手にしたときには評価は定まっていなかった、そして今でもまだ定まっていないわけですから。


今、私は自分の感覚だけを頼りにこの作品について書いています。書いていく中で「決定的に違う何か」を見つけたい、そういう思いで書いています。その「何か」はもしかすると作者自身も気づいていないものなのかもしれません。そして「何か」が多くの人が感じ取れるような物ではなく私だけに通じる物の可能性もあります。
もし多くの人が感じ取れるようなものだったら、五年十年後にはそれを言葉にする能力を持つ方が取り上げてくれると思います。しかし、それは悔しい(笑)自分が感じ取った物を人に言葉にされるのは悔しいんですよ。


もしその「何か」を言葉にすることができても、この作品が完結するまではそれが「絶対的に正しい」のかどうかはわからないと思います。読んでいる人にとっては今書いていることと大して変わらない話で「痛い人だなぁ」と思われるのが落ちではないかとも思います。


でも、そのリスクを顧みずにこれからも気力が続く限り書いていこうと思っています。自分の感覚だけを信じて・・・






久しぶりにまじめな文章を書いたら疲れた・・・書き始めたときは第二東京タワーの話でも書こうと思っていたのになぁ(笑)サブタイトルもかえなきゃ
ではでは

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