愛のひだりがわ

愛のひだりがわ (新潮文庫)

愛のひだりがわ (新潮文庫)

最近ここを読みに来てくれるようになった方もいると思うので、冒頭に蛇足を書きます。俺は漫画をほとんど読まず、アニメも見ないし映画にも行かない人間です。ジャンルが著しく偏っている上に、それほどたくさんってわけじゃないけれど小説は好きで結構読みます。
そんな人がちょっとしたきっかけで漫画とか比較的幅広く人気がある作品の感想文を書いてみたサイトの一つがここです。


さて、この本、帯のアオリに

永遠の名作『時をかける少女』をついに超えた

とありました。こういう時流に乗ったプロモーションには拒否感を示す俺がいるわけですが、試しに本屋で手にとって立ち読みしてみました。


冒頭数ページを読んで買うことにしました。


SF作家筒井康隆氏の最高とは言い切れないけれど傑作の一つであることは間違いないでしょうね。アオリで『時をかける少女』、村松友視*1氏による解説の中で『虚人たち』が引き合いに出されていますが、俺が思い浮かべたのは『旅のラゴス』です。正直言うと『虚人たち』は読んだ当時難解すぎて歯が立たなかったのよ。今読んでみるとわかるのかなぁ…
昨年自分で書いた『旅のラゴス』の感想文を読むとだいぶ違いますが、強固な物語世界ということでこの作品を連想したのでしょうね。
ページ数は300ちょい。土曜日に感想を書いた『涼宮ハルヒの陰謀』よりも100ページくらい少ないです。にも関わらず、ものすごく長い物語を読んだ感覚を持ちました。『旅のラゴス』と『愛のひだりがわ』に共通して言えること、それは、この物語世界はシリーズ化して何年も書き続けることも十分可能な強固さを持っていることです。*2


筒井康隆氏は「物語を破壊した」と評されることがありますが、それができたのは強烈な物語世界を構築することができるからなのではないかなと思います。非常に魅力的な虚構世界です。


近未来の日本。様々な悪意が渦巻く世界。そんな世界で暮らす少女。彼女はある日旅に出る。協力者、妨害者、いろいろな人と出会い、救いのない結末の事件を経験して成長をしていく。
途中で描かれるエピソードは、筒井康隆作品を読み慣れていれば何の感慨も持たないと思いますが、第三者的に読むとブラックな物が多いです。しかし、ラストシーン。なんとも爽快で、かつ切ない。たまらなく切ないです。成長すると言うこと、時が流れるということはこういうことなんでしょうね。もう戻れないんですよ。きっと。


この作品は漫画化、アニメ化、実写化に非常に向いていると一読して思いました。特にラスト近くの行進シーン。ここは実写で見てみたいです。迫力あるだろうなぁ。美少女の周りをXXと武器を持ったXXXが固めている。絵を想像するとうっとりします。見てみたいですねぇ。
でも、どこか引っかかる。どこなんだろうと思い返してみたらわかりました。
この小説ではいわゆる放送禁止用語が多用されています。そして、その言葉を別の言葉への置き換えをすることができません。できると感じる読者もいると思う。しかし、作者はその言葉でしか伝えることができないと考えて発表しています。
参考:http://www.jali.or.jp/ 内の筒井康隆氏断筆解除資料
そのあたりの事情を考えると、なかなか難しいのかなと思います。
関係ないですが、紹介した文章を読むたびに、公開の場に自分が書いた物をさらすのが怖くなりますね。


確かに帯にあるように『時をかける少女』の系列にある作品ではあると思います。でも、何とも言えない黒さがあったり、救いのなさ、あきらめ、そういういろいろな物が渾然となっている何とも言えない作品です。
ほんと、何とも言えないです。興味持った人は読んでみてください。読んで感じたことがその人にとっての答え、真実ですから。


カテゴリ 読書感想文
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*1:文字コードの制約で別の字体にしています

*2:涼宮ハルヒシリーズ』のような、いわゆるライトノベルは読み応えが無くてイマイチとか言いたいのではありません。方向性が違うってことです。筒井康隆氏は極端にレトリックを減らした文章で物語を表現している。それを読んでどう感じるか、気に入るのか、気に入らないのかの判断は読者にゆだねられていると思ってます。