デトロイト・メタル・シティ(DMC)2巻 作品世界を支えるのは誰だ!?

デトロイト・メタル・シティ (2) (JETS COMICS (271))

デトロイト・メタル・シティ (2) (JETS COMICS (271))

そういえば感想文を書いていなかった。
普段から恥をさらしているように、俺、音楽にはとんとうといです。ライブに行って大騒ぎとかしたことありません。「あの」おかげ様ブラザーズのライブに行ったときでさえどこか醒めていた。ステージと観客が一体となってDMCとは別の意味で放送できない言葉を叫ぶとか、太った人がステージに拉致されて「ひまんた〜い」と叫ぶとかあったのにねぇ。
なんで、デトロイト・メタル・シティを音楽漫画として読むことは残念ながらできないです。ギャグ漫画として読んでいます。


この漫画の幹は、「根岸」と「クラウザーさん」に分裂した若者の、端から見ると笑える苦悩だと思います。もしかすると、作者は今「根岸」状態になっているのかも。DMC作者としての自分と、リアルな自分、そこにはギャップがあるけれど、中にはそれを同一視してしまう読者もいるし、プロモーション上同一化する必要もある。
この漫画、前から話題になっていましたが、実際興味を持ったのは例のインタビューが出ている雑誌を読んでからでした。*1
こういう漫画、思い起こしてみるとありそうなんだけどなかったかも。
異常な登場人物がふと正常に戻って逆にぶっ壊れるみたいな話は、今や古典となっている『マカロニほうれん荘』やら『うる星やつら』やらでもたまに出てくる。それとは逆に、素では普通の登場人物があるトリガーで異常化し奇矯な行動を取り、その行動を後で反省する漫画は思い起こすことができないです。ギャグ漫画の主人公は異常なのが通常で正常なときは異常な状態というのが相場です。わかりづらい言い回しですね(笑)。
多くの漫画では正常な人間が異常な人間に振り回されているうちに、その異常な世界に巻き込まれていって、最終的には正常な人間が誰もいなくなって笑いの源泉となる「ズレ」が発生しなくなってしまいます。
マカロニほうれん荘』はその罠にはまったなと私には思えます。『うる星やつら』の場合はラブコメという逃げ道があったためにその罠に落ちなかった。今連載中の『さよなら絶望先生』と『ハヤテのごとく!』では、「普通」という記号性を持つ重要な人物を登場させることで、その罠を回避しようとしているように思えます。*2
デトロイト・メタル・シティの場合はどうか。
この作品では主人公を分裂させることによってその罠を回避しています。もし根岸が吹っ切れて、クラウザーさんとして生きていくことを決めたらこの漫画は終わってしまいます。根岸は根岸で有り続けなければいけない。たとえクラウザーさんになることを自分で決めても、根岸の部分を捨てられない自分がいなければいけない。逆にクラウザーさんを捨てることを決意しても終わってしまいます。根岸が根岸だけの状況になったら、彼自身は幸せなのかもしれませんが物語は終わってしまいます。そう言う漫画です。
見た目も物語の流れも全く違うのですが、ある意味では『まほらば』と似ている。デトロイト・メタル・シティにも「根岸の統合」という物語終了の必要十分条件が明確に用意されています。
その根岸が「分裂」するきっかけはあの女社長。根岸自身が「根岸」への統合をもくろんでも阻止するのはあの女社長。今の状況では根岸は「クラウザーさん」に統合される道を選ぶか、分裂したままでいるしかない。その状況を作り出しているのは女社長です。1巻を読んで一番気に入ったキャラクターが彼女だったのは偶然ではないかもしれません。この作品を支えているのは、根岸ではなく、クラウザーさんでもなく、社長です。私はそう読んでいます。


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戯れにアマゾン検索してみたらおかげ様のCDがあってうれしかったんで貼ってみる。今手元にあるのは「おかげ様ブラザーズ」だけ。なくしたやつアマゾンで買おうかなとふと思った。ライブの曲目が出てなかったけれど、メジャーのCDになるはずがないあんな曲やこんな曲が入っているやつはたぶんこれだろうな。
X-GUN
おかげ様ブラザーズ
LIVE
はてなのキーワードは、はてな市民になってすぐに俺が作ったんですが、ブラザーズかブラザースかわからん。アルバム名はブラザーズみたいだ。



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*1:例のインタビューの話は2006/8/7の記事

*2:ハヤテのごとく!は「ギャグ漫画として読んだ場合」です。ややこしいのでいつも書いているストーリー主体で読んだ時の話とは分けて考えます。