例のあの小説

常々書いているようにリンクはする人の自由だと思っています。よそのサイトで紹介されればそりゃうれしいですけれど紹介を強要することはできないし、書いてしまった以上はリンクして欲しくない記事でもリンクされるのはしょうがないこと。リンクされたくなければ書かなければよい。
でも、今日はお願いしてみます。この記事へのリンクは貼らないでくれるとうれしいです。また、コメントやトラックバックへのお返事もしないつもりです。


「手段のためには目的は選ばん」というのはアニメの名ぜりふらしいですが私は原典を知りません。それはともかくとして、ここに書くある種の文章群はあくまでも手段です。それを書くことが目的ではありません。
2月まではそれがどういう物であるのかを自分で理解するために、なぜ面白いのかを把握することが主目的でした。それは自分では達成できたと思っています。今はそれが自分が予想したように広く世間に受け入れられる手助けをすることを目的にしています。ずいぶん大それた目的ですが、夢は大きい方が叶いづらいので長く続けることができます。到達しない夢の方が夢としての価値は高い。夢が現実になってしまうと醒めてしまいます。


そういう目的を持っている以上はその目的にある程度沿った物を書かなければと思ってしまうんです。しかし、今日はその目的に合わないことを少しだけ書きます。
































































そこそこ小説が好きで、年に何百冊も読むってわけじゃないけれどいろいろな本を読んでいます。気に入る本、気に入らない本いろいろあります。中にはどうしても受け入れられない本もあります。世間的には人気作家、ベストセラー作家と言われる人が書いた作品もそこには含まれています。


このサイトを毎日のように読みに来てくれる人の80%くらいはあの本の感想がいずれアップロードされるんだろうなと思っていらっしゃるでしょう。私も書くって宣言していたような気がします。


でも、無理。


無理な物は無理。
今日書くのは感想と言うよりただの印象です。


作家さんが原典をものすごく大事にしようとしていることはわかりました。しかし、このやり方で一種の2次創作をするのはこの原典の場合難しすぎます。
原典の特徴は常に変化し続けることです。人間関係が変化するだけでなく登場人物の属性も時の流れに応じてどんどん変化していきます。例えば今週のテレビの話なんてまさにそう。あの人がああなるんですよ。見た目は別人。でも一貫性はある。それはそうなるまでの間に時が流れたから。いろいろなことがあったから。それだけ。
普通なら原典の登場人物の属性をうまいこと使って2次創作をすればいいんですけれど、原典が下手をすると16ページの間に属性を変えかねないのでどういう風にすると原典のテイストを残したままいい感じのサイドストーリーを作ることができるのかわかりません。それもある程度の長さを持たせなければならないとなるとどうにもなりません。




他の人はそれぞれ感想をお持ちのようですが、私が思ったことは一つだけ。
この小説は原典に全く影響を与えないように注意を払って書かれている。
細かいところで「これ違う」とかいう話ではなく根本的なところは何一ついじってないです。
それが私の印象でした。