『ハヤテのごとく!』はテーブルトークRPGである
『ハヤテのごとく!』という作品は漫画(物語)ではない。テーブルトークRPGだ。ただのテーブルトークRPGではない。すべての登場人物、さらにはゲームマスターまでも畑健二郎という漫画家が一人で勤めているテーブルトークRPGだ。
今までこのサイトにアップロードされた『ハヤテのごとく!』のいわゆる考察記事を読んで下さっている読者は「おやっ?」と思われるかも知れません。このサイトの記事を書いている人は、「『ハヤテのごとく!』はスーパーハイブリッドコミック」だとか言っていたはずだぞと。宗旨替えですか?と。
その言葉については終わりの方で触れることにします。
『ハヤテのごとく!』はテーブルトークRPGである。なにも目新しい考え方ではありません。私自身今までに何度もその考えにとらわれました。しかし、肯定することも否定もすることも出来ませんでした。なぜか?それは私自身にテーブルトークRPGのプレイ経験が無かったからです。知らない物と同じなのか違うのか、語るすべがありません。
ところが、ちょっとしたきっかけで『ロードス島戦記』という小説を読むことになりました。読んでみると面白い。そして、その小説は、テーブルトークRPGの「リプレイ本」的な意味合いもあるということだったのです。本物のリプレイ本は読んだことがありませんが、想像がつくというレベルには到達することが出来ました。
『ロードス島戦記』を読んでいろいろな感想を持ちました。この作品単体に対する物ではなく『ハヤテのごとく!』にまつわる感想も得ることが出来ました。それを踏まえた上で、実際にテーブルトークRPGのプレイ経験がある友人に何点か確認をしました。
そしてようやくこう言い切るだけの自信が生まれたのです。
「『ハヤテのごとく!』はテーブルトークRPGだ。」
私がテーブルトークRPGという物をどう理解しているかを書きとめて置きます。この文章を読むほとんどの人は、私よりゲームに詳しいと思うのですが、人それぞれ受け取り方が違うと思いますので意味があることでしょう。
テーブルトークRPGとは、プレイヤーそれぞれがゲームの中の登場人物を演じ、遊びます。多くの場合「ゲームマスター」と呼ばれる、キャラクターを演じない「神の視点」を持つ人が、ゲームの進行を司ります。ゲームマスターはそのゲームの目的を決め、ゲーム内で起こったイベントの結果どうなるのかをプレイヤーそれぞれがどう行動したのかを元に決定するという役割を持っています。また、偶然性が左右する、たとえば力の差が小さい物同士の戦闘、プレイヤーは両方の分岐それぞれに何があるかわかっているけれどキャラクターはそれを知らない場合などには、さいころなどによる偶然の力を借りつつゲームを進めていくとのことです。
さて、本題に入ります。
『ハヤテのごとく!』では、それぞれの登場人物が広い意味での「利己的な行動」を取っています。広い意味でのというのは「自分さえよければそれでいい」という行動だけではなく、たとえば「命を賭けてお嬢さまを守るのが自分にとって一番大事なこと」という行動も含むという意味あいです。私はこのやりかたでは物語がすぐに破綻すると思いました。作者には自分の思うままに登場人物を動かして物語を紡ぎ上げる権利があるはずです。しかし、『ハヤテのごとく!』では違う。登場人物が自分にとって最善の行動を取るように作者自身が制約を設けているように思えたのです。
登場人物の行動は、そこはどこなのか、その時周りに誰がいるのか、その時までにどういう経験をしてきたのか、などの要素で変わります。ここで言う「その時まで」というのは、『ハヤテのごとく!』が始まってから「その時まで」ではありません。登場人物が作中の仮想現実で生を受けてから「その時まで」です。
ヒナ祭り祭りのクライマックス、98話を思い起こしてみます。ハヤテの女装が解けなくなったりお嬢さまが誘拐されたりいろいろなことがありました。その日の夜、ハヤテはヒナギクと会う約束をしていたことをすっかり忘れていました。ハヤテにとっての優先順位は、お嬢さまの誘拐解決>女装を解くになっていました。これが広い意味での利己的な考え方です。結果的に女装は何となく解けてしまい、ヒナギクさんに会う理由が無くなりました。時計塔の上で待っている可愛い女の子のことなどすっかり忘れて屋敷に帰ってしまいます。ゲームの中で作者が演じていたハヤテはそういう行動をとったのです。そして、同じく作者が演じているヒナギクはずっと時計塔の上でハヤテを待ち続けていました。そこで、ゲームマスターである作者が「ハヤテがヒナギクのことを思い出す」というイベントを起こします。
ハヤテとようやく会えたヒナギクは、ゲームマスターである作者が設定した武器の力により感情むき出しで戦うことになります。戦いの後、作者が演じるヒナギクは『ハヤテのごとく!』以前の自分の経験に思いをはせます。そして、作者が演じるハヤテは、結果的にその思いに一区切りをつけさせることになる行動を取ります。ハヤテ自身はその行動にヒナギクと同じだけの重みを感じていません。彼は彼にとって最善と思われる行動をしただけなのです。
わかりやすいと思い98話を題材にしましたが、これでもややこしいですね。ここで例に挙げたハヤテ、ヒナギクだけではなく、ナギも、マリアも、歩も、伊澄も、咲夜も、ワタルも…つまりは、すべての登場人物を作者が演じている、そして、どこに行くか、誰と会うかなどはゲームマスターである作者が司っている。ゲームマスターはゲームには最小限の干渉のみをし、キャラクターが自分の原理で行動出来る場合にはそれに従う。他にも、作者が設定したルールや、漫画というメディアを使うことにより必然的に制約を受けるルールもあります。『ハヤテのごとく!』はそれらのルールに従って進行していくゲームなのではないかと考えています。
このゲームには終わりがあります。言うまでもなく「トゥルーエンド」、そして「日付」です。非常におおざっぱに言うと、『ハヤテのごとく!』はあらかじめ決められた「最終日」に「トゥルーエンド」にたどり着けるかどうか、それを楽しむゲームです。しかし、それだけでは制約が少なすぎる。そのためにいくつかマイルストーンが用意されています。たとえばミコノス島行き、たとえばハヤテの誕生日、たとえばマリアさんの誕生日…。それらの予定をこなしていきながらこのゲームは進んでいきます。『ハヤテのごとく!』にあるのは「展開」ではなく「日常」なのです。作者が演じる登場人物はそれぞれこの架空世界で自分の原理原則に従って行動をしている、それだけなのです。ゲームマスターである作者は、登場人物をある場所に向かわせたり、イベントを起こしたりというきっかけを与えるだけで、あとは自分が演じる登場人物たちがその時何を感じどういう行動をするのかというのを描いて行く作品なのです。
このように、『ハヤテのごとく!』をテーブルトークRPGと捉えると、今までどうしても説明が出来なかったことが容易に理解できるようになります。たとえば、「なぜ作者は作品について必要以上に語るのか?」という点についてです。
作者はゲームをしているのです。ある場面でヒナギクはこういう行動をする。その理由はヒナギクに『ハヤテのごとく!』が始まる前にこういう経験があるからだ…、というのを前もって読者に説明しておきたいのです。見ている人も「ルール」や「設定」を前もって知っていた方がゲームは面白い。そういう意識があるからです。
最後に「スーパーハイブリッド構造論」と「テーブルトークRPG論」の融合を試みましょう。
その2つの結論は、実は同じ事を別の角度から見ているだけなのです。今回の記事中では意識的に「物語」という言葉を使うのを極力避けました。『ハヤテのごとく!』を「物語」として捉えると「スーパーハイブリッド構造」という得体の知れない物にみえます。『ハヤテのごとく!』を「テーブルトークRPG」と捉えると、一風変わってはいるけれど少なくとも私の理解できる範囲に収まる作品になります。
『ハヤテのごとく!』が果たして私が言うように今後何十年何百年もの間スタンダードになるような今までに存在しなかった構成を持つ作品なのか?あまり多くの本を読んでいないので断言はできないのです。少なくともテーブルトークRPGの「リプレイ本」の一種として書かれたらしい『ロードス島戦記』は構成的には主人公がいて目的がある普通の物語になっていました。また、コンピュータRPGを意識したと思われる『ブレイブ・ストーリー』も安心して読める物語でした。私は、ゲームを意識して、あるいはバックボーンとして産み出されたその2つの物語からは感じないゲーム性を『ハヤテのごとく!』から感じ取っています。
我々は『ハヤテのごとく!』を気軽に読んでいますが、ゲーム的リアリズムを超える、現実とは別のリアルな世界をゲームとして構築する過程を、漫画というゲームとは特性の違うメディアで再現する試みが行われている現場に立ち会っているではないかと思えてならないのです。
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