インターネット上のコンテンツにおける「需要」とは何か

「需要」という言葉、私も頻繁に書きますし、ブログとか日記に限らず2ちゃんねるなどでもよく見かけます。
「需要」に対応するのが「供給」と言う言葉でして、需要があるところに供給をすればおそらくはそれが「消費」されることになるのではないかなと思っています。
でも、その「需要」ってそもそも何でしょうか??


まずは大きく2種類に分けて考えてみます。

  • 1.そのサイト読者の「需要」
  • 2.もっと広い世間一般の「需要」

これって実は全く別物だと思うのですよ。私は。
この日記の場合、固定読者の需要はおそらくハヤテのごとく!感想。それ以外の漫画やライトノベルの感想にも少しは需要があるかも知れません。鉄道や道路、地図ネタへの需要も若干有ります。
でも、それはおそらく世間一般の需要とはずれています。
固定読者が多いサイトって、おそらくは1を重視しているところが多いのではないかと思われます。重視してそういう記事を積み重ねることによってそのサイトを継続して読みに来てもらう、それはサイトの正しい方向性だと私も思います。


逆に2の方を重視するとどうなるか。それを考える時2をさらに2種類に分けた方が考えやすいと思います。

  • 2-1.そのタイミングにマッチした旬な需要
  • 2-2.継続的に発生する需要

2-1の最たる物はマスメディアです。特に新聞やテレビですね。即時性、あるいは速報性が命です。インターネットを使って個人で情報を発信する場合も2-1にターゲットを絞っているケースが多いと感じています。しかし、個人、あるいは少人数の組織が巨大なマスメディアと競争できるかというとなかなか難しいんじゃないかと私は考えています。かけられるコストが違いすぎます。その個人だけが持っているニュースソースがあったとしても、分野は限られてしまいます。こういっちゃなんだけれどマスメディアのニュースソースとして利用されてしまうんじゃないかなぁと危惧しています。なんせ向こうは人手がありますからねぇ。教科書通りに裏を取ってより信頼できる形に加工して情報を出すことができます。
そこで、2-2なんですよ。インターネットで個人レベルができる情報発信の形として、2-2を狙っていくってのはありなんじゃないかと思うんですよね。爆発的な需要は見込めないけれど継続して確かな需要がある、そんな記事を積み重ねて行くところに活路が見いだせるんではないか、そんな風に思っています。


しかし、2-2に当たるような記事を見いだすのは非常に難しいです。3年半くらい日記を書いていますが、まだ2つだけ。いや、幸運にも2つあったと言った方がいいでしょうね。そのうち、本当に自分がやりたい方向性に合っているのは1つ。それが1つあるってのは本当にありがたい話だと思っていますが……。




そうなんですよねぇ。需要だけを考えて書くのって面白くないですね(笑)。やっぱり自分が書きたいことを、誰も読んでくれないかもしれないけどつらつらと書いて行く方が面白いですねぇ。そんな中でたまたま需要にマッチする記事が生まれるってのが正しい方向性なんだと思います。
そう考えると、このサイトはもう終わりですね。需要にマッチされた記事の比率がどんどん高くなっています。意図的に誰も興味を持たないかも知れないけれど自分の書きたいことを書こうとはしていますが、気がつくと読者を意識してしまっている。


最近、ちょっとしたことで更新を休むことが多くなっています。このサイトは継続の危機を迎えているんだろうなぁと自分でもおぼろげに感じています。
そうなっても安定した需要がある記事があるから削除する気になれないってのは救いですね。