読書感想文 井伏鱒二著『掛持ち』

井伏鱒二作品の感想を書くのも久しぶりです。約半年ぶりかぁ。短編集1冊で長いこと持ちますね(笑)。


甲府の近く、湯村の温泉旅館で番頭をしている喜十さんはまぁあまり使えない番頭とみなされていました。他の番頭さんは一年中旅館で働いているのですが、喜十さんにはお客さんが少ない時期、暇を出されていました。
暇を出された間喜十さんは伊豆にある別の温泉旅館で番頭をしています。ちょうど繁忙期が重なっていないので都合がいいんですね。伊豆での喜十さんは「内田さん」と呼ばれていて、頼りになる番頭さんとみなされています。


喜十さんというか内田さんは、この一種の二重生活をある意味楽しんでいるように見受けられます。甲府から伊豆に行く時には途中の熱海でいけてる服装に着替え、逆に伊豆から甲府へはやっぱりあたみでいけてない服装に着替えます。
伊豆の人たちは甲府の喜十さんを知らず、甲府の人たちは伊豆の内田さんを知らないんですね。


しかし、ある時伊豆の旅館に甲府でご縁があったお客さんが来てしまいます。さて、喜十さんの二重生活の運命は!?






という話ではありません。




こういう二重生活物ってのは理屈抜きで面白いですね。一般的には風采の上がらない駄目な人がある場面ではヒーローになるっていう流れですけれど、この小説では場所がそのきっかけになっているんですねぇ。
甲府でご縁があったお客さんの前で、まるで甲府で起こったのと同じような出来事が起こり、喜十さんではなく内田さんとして対応をしているのが面白かったです。このお客さんは喜十さんと内田さんの両方を見ることができた初めての人なんですね。


この小説をどう捉えるのか?と問われるとなかなか難しい物があります。ここは素直に人が皆心の奥底で持っているであろう変身願望を創作の中で描いたと言う読み方をしておきましょうか。