言論の自由は未だ存在しない

今どき、報道で伝えられたことを「事実」として頭から信じ込む人はいないと思います。といってしまうことは、俺の感覚からはかなりずれています。簡単な言葉で言うと「嘘」をついたってことになります。
未だに報道の力っていうのは相当な物があると俺は思っています。それこそ、一国の命運を左右するだけの力があると俺は思っています。そのことは今回の記事にはあまり関係ないのでまたいずれ。


たとえ公正中立をうたっていたとしても報道する側の意図を排除することは不可能です。不可能で有って欲しいと思います。報道するのも人間です。完全に公正中立な人間なんてそんなにいるもんじゃありません。そして、完全に公正中立な人間よりは、自分自身の意見をしっかりと持っていて、その上で他の人の意見を受け止めることができる人間の方が個人的には好ましく思えます。


もしも、自分自身の言葉で誰か、それもかなりの人数の誰かに、何かを伝えたいと思ったらどうすればいいのでしょうか?今まではそれは事実上不可能だったのですよね。
それが、今可能になった。


自分自身の言葉を余すところ無く多くの人に伝えることができるようになったのです。




なったのです。が……




この話も、メディアに載らなかったら話題にならなかったんでしょうねぇ。間接的にメディアを使っているんですよねぇ。大勢に何かを伝えるためには結局メディアの力を借りないとならないんですよねぇ。そのメディアが黙殺したら大勢には伝わらないんですよね。


本物の言論の自由への道はまだ遠い……