読書感想文 中井英夫著『虚無への供物』

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)



いわゆる新本格と呼ばれるジャンルの推理小説を書く作家さんが影響を受けた、という話はよく聞いていたのですが、私は読んでいなかった作品の一つです。
本屋でふと目に止まったので、これもなにかのご縁と思い読んでみる事にしました。


推理小説を読むのは異様に速いみたいなのですが、あらかじめ得ていた無駄な予備知識もあったのでじっくりと何日かかけて読んでみました。




なるほど、この作品がその後の創作者に大きな影響を与えたことは自然に想像できます。「推理小説」というジャンルが持つ限界を認識し、それを打ち破ろうとした、いや違うかな、その限界を限界として素直に受け止めた作品、と言った方がいいかな?いずれにしろ、いわゆる「推理小説」とはひと味違う読後感を持ちました。
推理小説というジャンルが好きで子供の頃から読み続けている私にとっては、そのジャンルが持つ「限界」というのは一種の様式美とも言える何とも言えない安心感を得る要素の一つになっていたようで、なんとも煮え切らない印象を持ったのは事実です。
だからこそ、この作品が後世に影響を与えたという話も理解できます。




私が推理小説に求めている物、求めていた物は大きく分けて2つあります。
1つは不可解な謎です。論理的には説明不可能と思われる謎です。時と場合によっては、その謎は伝説の衣をまとっています。『虚無への供物』で言うと五色不動がそれにあたるでしょうか?
そしてもう一つは爽快な解決です。説明不可能と思われていた謎が論理的に説明された時の爽快感は他の何物にも代え難いです。


『虚無への供物』で足りない物は後者です。足りないというのは、当たっていなくて、わざと足りなくしている推理小説なんですよね。




推理小説への読書感想文のお約束として詳細を記述する事はできないので感想としてはこんなところになりますが、1点だけ。
この作品の「メイントリック」は、とても残念な事に21世紀を生きる我々には見破る事が難しいです。そもそも何がメイントリックなのか、と捉えるかは人によっては違うのですが、読んだ人にはわかってもらえるんじゃないかなぁと思います。
だから、もし私があと20年くらい早く生まれていて、発表当時にこの作品を読んでいたらまた違う感想を持つ事になったのでは無かろうかとも思えるんです。今では「ふーん」としか思えないトリックに「なるほど!やられた!」と快哉を叫んでいたかも知れないのですよ。


そう言う意味では『虚無への供物』も推理小説というジャンルが持つもう一つの呪縛から逃れ切れていないのかも知れません。現実世界という呪縛です。その呪縛から逃れるためには完全に構築された架空の世界を作り上げる作業から始めないといけないのでしょう。