京極夏彦著 巷説百物語




小説のことを書くのは今回でひとまず最後となる。
今日紹介するのは前回に続き京極夏彦氏の作品「巷説百物語」である。

巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)

巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)



ぼくはこの作品を長い間無視していた。京極夏彦氏の作品は、京極堂
リーズとそれ以外という分け方をしていて、「それ以外」の作品は正直
あまり面白くないと感じていた。


ある時、本屋に行ってたまたま置いてあったので時間つぶしにはなるだ
ろうと思い新書版のこの本を購入した。
出だしは決して読みやすいとは思えなかった。途中で放棄しそうになっ
たが二話目の途中くらいから作品世界に引きずりこまれた。


この物語はテレビ時代劇「必殺」シリーズと流れは似ている。が、それ
とは決定的に違う部分がある。
必ずしも勧善懲悪の物語ではないのである。悪人にも悪人なりの論理が
あるというのともまた違う。乱暴にいうと、この物語で描かれる悪人は
「かわいそうな人」なのである。
その「かわいそうな人」を「こちらの世界」から「あちらの世界」に連
れて行くのが主人公、御行の又市(または小股くぐりの又市)の役割な
のである。


その物語を偶然とある仕掛けに同席することになった百介という人間の
視点から紡いでいく。その視点から見ると又市が起こす事象は「あちら
の世界」の物にしか見えないのであるが、実は「こちらの世界」で練り
上げられた「狂言芝居」であるという流れになっている。


物語論からすると、「あちらの世界」で起きたことを「こちらの世界」
で起きていることと誤認させることは一つのクリエーターの目標である
と思えるのだが、この話の中では逆のことが行われているのだ。


最後になるが、この作品では、今の世の中から見ると不合理としか思え
ない身分制度や差別の中で、それを受け入れて生きていく人を描いてい
るという一面もある。
現状を受け入れられない人も多いが、受け入れてその中で生きていく人
もいる。通常受け入れてしまう人はドラマにはならないが、この作品で
はそういう「その時代での」普通の人々を描こうとしているのではない
か。
そのことが私には非常に新鮮に感じた。

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