三回目 人の噂も75スレ

このスレを見て頂きたい。
若い人の中には知らない人もいるかもしれない事件である。


この事件を一言で言えば「事件は会議室で起きているんじゃない!自分で作るんだ!」という話だ。カビが生えたセリフだなぁ・・・
今日はなにも朝日新聞を批判しようとしているのではない。このスレが非常に好例のためとりあげたまでである。


2ちゃんねるでは、今までいろいろな企業が「祭り」の対象とされてきた。しかし最近はそういうことが減ってきたように思われる。これはどういうことなのだろうか。


かつての「祭り」では一つ特徴的な言葉がある。「工作員」だ。自分が所属する企業、組織が批判されたとき、そことは無関係なふりをしてそれを擁護する発言をする、そういう人たちを指す言葉である。2ちゃんねるは匿名掲示板である。どこから書いているのか基本的にはわからない。ましてや書き込んだ人がどの組織に所属しているのかは調べるすべもない。しかし、うっかり素性をさらしてしまうことがあるのである。そうなるともうお祭り騒ぎである。その企業を批判する本質的な内容は関係なく公開処刑状態になるのだ。


2ちゃんねるのスレというのは実はそれほど人口が多くないと思っている。サイト全体ではものすごい数のユニークユーザーがいると思うが、それぞれの板、さらにそれぞれのスレではそれほど人口は多くない。もし「祭り」にならなければ、どんなにある企業を批判しようとも「コップの中の嵐」なのである。
それが「祭り」になったとたんに、それまでの数十倍、数百倍の人の目に触れてしまうのである。
企業サイドからすれば「祭り」になるのをいかにして防ぐかというのは重要な課題である。そのための基本的な方策は「放置」であると私は考えている。ただ単に放置するのではなく監視しつつ放置するのだ。
批判的な内容の中には企業経営に少なからずプラスになるような書き込みも含まれている。そういう物は参考にできる状態をキープしつつ放置する。それが一番得策なのである。
おそらく祭りが多発した時期には企業側は「インターネットで匿名で勝手なことを書きやがって」という感覚だったのだろう。しかし、今これだけ祭りが減っていると言うことは「我々がコストをかけていない匿名掲示板という場で貴重なご意見をくださいまして誠にありがとうございます」くらいに意識が変わってきているのではないだろうか。


これをもって「ネットと企業の理想的な関係」などということを考えるつもりはない。2ちゃんねるに書き込む人の理想と企業側の理想が一致することなどまずあえりえないからだ。むしろ、お互いに緊張感を持ちつつ利用できるところは利用してやるという一種殺伐とした関係が自然と築かれているのではないかと感じている


さて、冒頭で取り上げたスレの話に戻ろう。
この話は企業側とすればとっくの昔に終わった話である。それを今更蒸し返す粘着なやつらがいる、そう思っているだけであろう。
しかし、このスレは今でも現存しているのだ。それほど多くはないが決して0ではない人に見られているのだ。その中にはこのスレで初めてこの事件を知った人もいるはずだ。
この事件の特徴は、その後起きた雪印三菱自動車の事件同様、消費者の信頼を揺るがせたというところにある。こういうタイプの問題は非常に怖い。信頼を失った消費者は何もいわず別の企業の製品に乗り換えるのだ。信頼をしていないだけだ。企業が何を言ってもその言葉も信用できない。即効性のある対処法が無いのだ。唯一の解決法、それが「人の噂も75日」である。忘れるのを待つしかない。あるいは消費者が入れ替わるのを待つしかないのだ。
こういう事件が起こったとき、かつてはメディアの報道がその「忘れる」までの期間に大きな影響を及ぼしてきた。しかし、今は時代が変わった。細々とではあるが、極々一部のその事件を忘れることができない消費者によって、公開の場で脈々と語り継がれてしまうのである。そのことによる企業から考えたプラスの面はただ一つ。「みんながみんな忘れたわけではない」ということが表に出てくるところである。「もうみんな忘れているからいいや」という慢心を防ぐことはできる。
しかし、こういうスレは企業にとってダメージの方が遙かに大きいのは事実である。ある意味では対処可能な「祭り」よりもやっかいである。そして私もこの問題には残念ながら解決法を提示することができない。自社で積極的に忘れ去られている問題があったことを定期的に報じるという方法も考えられるが、マイナスの効果も大きい。
消費者の信頼を失う事件を起こしてしまった企業にとっては厳しい時代なのである。