ブレイブ・ストーリー



「レッテルを貼る」という言葉がある。ある人をある属性と決めつけることだ。僕はレッテルを貼ることを好まない。当然貼られることも好まない。しかし、気がつくと自分自身の中では他人にレッテルを貼っている。そして、それは自分でも意識しないうちに表に出てしまっている。恥ずかしいことだ。しかし、一度表に出てしまった物をしまうのはさらに恥ずかしいことだ。自分自身の口が言ったこと、指が打ち込んでしまったこと、それは決して消える物ではない。消してしまえば楽になるという物ではない。
僕は以前、今日論じる作品の作者、宮部みゆき氏について、「松本清張直系の社会派推理小説作家」であると書いた覚えがある。読み返すとこれはレッテル以外の何者でもない。でも、そのことは決して僕の頭の中からは離れない。たった数作読んだだけであるがそういうイメージがしみこんでしまっているからだ。
情報過多の時代だ。その宮部氏が書いた「ファンタジー」があり、それがかなりおもしろいらしいという噂は知っていた。しかし、分厚い単行本、値段も高い。そして、頭の片隅で「社会派」というイメージがついて回っている。そんな作家の書いたファンタジーがおもしろいのだろうか?だから今まで手を出さなかったのだ。
その作品がこの夏アニメーション映画になるのにあわせて文庫化された。多少手軽に読めるようになった。最近は今まで避けていた「話題の本」を比較的早い時期に読むようになったこともあり抵抗もなかった。
本を読むといつも感じることがある。自分が読んで「噂通り」と思うことはまずないのである。そしてこの作品もそうだった。噂されているより遙かにおもしろい作品だった。


その作品は宮部みゆきブレイブ・ストーリーである。

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)



乱暴に言うとこの物語は「異世界冒険物」に分類される。このようなファンタジー、タイムマシン物、漂流物、それら全てが含まれる。
しかし、この作品では、その異世界に到達するまでが「第一部」という形で丹念に描かれている。
友人、家族、親類、幸せな日常。そんな毎日の中で、ふと異世界の存在を意識してしまう主人公ワタル。少年はちょっとしたきっかけで異世界へ足を踏み入れてしまう。そして、日常の崩壊。絶望。死の気配。導入部だけで長編小説として質、量ともに十分である。改めてここでも書くが、僕は宮部みゆき氏を「社会派推理小説作家」として認識している。この第一部は僕にとって、まさに「宮部みゆきの世界」である。この作品がファンタジーであるという情報がなければ、現代日本を舞台に社会の病巣を子供の視点からえぐることをねらった作品なのでは思うところだ。


しかし、ガスの吹き出す音を最後にその現実世界から物語は飛翔する。「幻界(ヴィジョン)」へ。そしてワタルは「旅人」となる。


幻界の旅については多くを語るまい。とにかくめくるめくような冒険の世界。まさにゲームの中の世界だ。しかし、この世界は単なるゲームの世界ではない。旅人の内面が反映された世界なのだ。
しかし、一点不思議なことがある。「旅人」ワタルが幻界で出会う「現世(うつしよ)の人と似ている人」は、なぜかつながりが薄い人ばかりである。気にはなっているが親しくはなれなかった同級生とその保護者。幸せな日常を奪った女。そして恋心とは呼べないようなほのかなあこがれを抱いた少女である。それの意味するところは今はわからない。


気のいい仲間、助けてくれる人、逆に敵視する人々。途中何度か吹き出しそうになった。幻界は現実社会のパロディにもなっている。しかしおもしろい話ばかりではない。涙を流しそうなる描写もたくさんあった。ワタルが慕うカッツの死。仲間との別れ。そして、なによりも、人を殺すと言うこと。
宮部氏は推理小説作家である。遠慮のない表現をすれば「人の死をゲームとして楽しむ娯楽を提供している」のである。そして僕はその娯楽を楽しんでいる。その作家が人を殺すということについて難しい課題を出した。


そもそも、人を殺すとことは正義なのか正義に反することなのか?
という命題である。


いついかなる場合でも人を殺してはいけない。それが社会の正義である。少なくともこのぬるい現代の日本に住んでいる僕はそう思っている。
作中で明確な答えは出していない。課題だけが与えられた。回答を出すのは読者である。もちろんいつか正解が提示されるわけではない。そもそも正解はないのかもしれない。
しかし、少なくとも、この物語では「人を殺した自分を受け入れる」という試練を乗り越えなければ先に進めなかった。


そして最後、ワタルは全てを受け入れるというゴールを見いだした。「ブレイブ・ストーリー」というタイトルからは、逆境に立ち向かう主人公というイメージを持ってしまう。しかし、立ち向かうのではなく受け止めるのだ。受け止めることで初めて一歩進めるのだ。
サイドストーリーとして用意されている「ハルネラ」。幻界から選ばれたのは選ばれるべくして選ばれた人物だったのであろう。彼はそれを受け入れた。受け入れるということ。立ち向かって戦う勇気より受け止めて全てを受け入れる勇気。それもまた勇気。


繰り返しになるが、この作品は「異世界冒険物」であると僕はとらえている。この種類の作品でもっとも難しいのは、異世界から元の世界に戻るのかの選択、およびその方法である。戻れそうで戻れないところからくるせつなさ、戻れることによる安心感と喪失感、ここの扱いでいろいろな読後感が得られる。


終章。ワタルは「現世」に戻る。「幻界」を救って「現世」に戻る。いつも書いているように、僕はそれほど多くのフィクションを読んでいるわけではない。その乏しい経験の中でという但し書き付きではあるが、この終章はすばらしい。せつなさ、喪失感、安心感、そして未来への希望。それら全てが一体化したすばらしいラストである。そして終章のために冗長にも思える第一部は絶対に必要なのだ。
キ・キーマ、ミーナ、カッツ、幻界の人々との冒険は終わった。でもワタルには現世での日常というなの冒険が待っている。運命の女神、香織に見守られながら、楽しいことも、つらいことも、うれしいことも、悲しいことも、そして憎しみも受け止めて生きていくのだ。

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富豪刑事を見ていたら、いつのまにか一時間奪われていました。。。


ブレイブ・ストーリーの設定はほんとに巧みです。続編はありえないと思いながらも期待しちゃうんですよね。要御扉は十年に一回開くってことは、また旅人が幻界にやってくる可能性があるってことだし、幻界が旅人の心を写しているってことは、別の旅人が迷い込んだら全く違う世界が展開されるわけだし。続編はめちゃめちゃハードな話になったりして。
なんて妄想をしてしまいます(笑)
この作品のために「社会派ファンタジー」っていうわけのわからない言葉を作りたくなってしまいましたよ。この作品をネイティブの言語で読めるってほんとに幸せだなぁ。
この作品は小説です。ゲーム的な要素を数多く取り入れていますが小説です。近々この作品を引き合いに出して、読むことがライフワークかしている作品について書くことになると思います。想像がつく内容ではあると思うんですが・・・


俺から見るとこの作品は「異色作であって代表作の一つ」って感じですね。宮部みゆき作品全部読みたくなったな。初期の作品しか読んでいないんで。でも、結構多作なので、お金と時間のコストがかかる。それから得られるリターンはコストよりも大きいと思うんですけどなかなか踏ん切れません。うーんどうしようかなぁ。


クラッチからこういう文体で書くのは久しぶりでぼろぼろのような気がします。その上前後にも蛇足がついている。気合い入れた割には読み返すと恥ずかしい物ができあがったような気がします(笑)


では、今日はこの辺で。おやすみなさい。


追記:キーワード探索して見つけた日記「早く昨日になればいい 受験生篇」で

あまりにもわかりやすい角川文庫の週刊売上ランキング

と紹介されていたランキング
ダヴィンチはハヤカワ、ブレイブは文春と思いこんでいた俺っていったい・・・
にしても一位から六位まで買ったってことは七位から十位も買わなきゃいかんの?最近よく目にする(耳にするではない)単語なのできにはなっているんですが・・・(笑)