よく似た設定のお話

しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。

涼宮ハルヒの憂鬱』からの引用です。
この短編を読んで俺もそう思いました。偶然だよね。このタイミングでこれ読んだの?


『果てしなき多元宇宙』と『涼宮ハルヒの憂鬱』は全く違う物語です。基本設定も、主人公が置かれた立場も。分量も。でも、2006/7/2の日記に書いたことを強烈に思い出しました。

この小説でえがかれている世界は涼宮ハルヒという少女の心が作り出した世界である。こういう設定もどこかで読んだことがあるような気もするが、これといって指し示すことができないのでこれも俺の妄想なのかもしれない。

妄想ではなかったのかもしれません。筒井康隆ファンと自称していながら『果てしなき多元宇宙』という作品のことは記憶の片隅にすら残っていませんでした。しかし、これってそういう話も内包されているんですよ。潜在意識にこの作品のことが残っていたのかもしれません。
こういうこと書くと営業妨害ですが、本屋で余裕で立ち読みできる分量です。アニメ映画化の件があるので在庫もあるはずです。読んでみてください。


それにもびっくりしたんだけど、もっとびっくりしたことがあります。


時系列的には「時をかける少女」を買ってから「涼宮ハルヒの溜息」を買いました。でも読む順番は逆でした。
涼宮ハルヒの溜息」を読んだ後、ちょっとした感想を持つことができたので次の週末、週中はハヤテのごとく!に忙しいので・・(笑)、ここに感想文を書くことに決めました。
そして、「時をかける少女」を読みました。
その中の一編に週末書こうと思っていることとかなりかぶったことが書いてあるような気がしました・・・
小説って言うのは新聞記事とかとは違って、読む人の経験や心持ちで別の姿を見せる物だと理解はしています。だから、俺がそう思っている状態で読んだからそう見えるという考え方をすることもできます。逆にもしかすると、かつてこの作品を読んで心のどこかに残っていたから「涼宮ハルヒシリーズ」に今度書こうと思っているような感想を持ったのかもしれません。そうだとすると、俺は本当に脳みその奥まで筒井康隆にやられているんだろうな。


時をかける少女」が最初に出版されたのは1967/3/20とのこと(筒井康隆公式サイトの著書目録より)。なんかねぇ40年くらい前に今の俺の心を読まれていたみたいで怖いですよ。
この作品で描かれている状況ってのは別に珍しい話ではなく、むしろ普遍的な話なのかなとも思います。いや、思いたい。普遍的な物だから、偶然たまたま時を同じくして俺がこの二つの作品を相次いで読んだということにしたい。


正直かなりびびりました。


今日はこの辺で。おやすみなさい。
カテゴリ 読書感想文
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