読書感想文 志賀直哉著『十一月三日午後の事』

なんとも不思議な読後感の小説ですね。


志賀直哉という作者がすごい小説家だと言うことは、すごいすごい読め読めと言われていた子供時代には全く理解できなかったのですが、ここ最近再読してようやくわかりました。
とにかく文章がわかりやすいんですよ。すーっと読める。書いてあることが容易に理解できる。
それだけに、それだからこそ、いざ感想を書こうと思うと、あらすじはもちろんのこと*1、そもそもどういう話だったのかを思い起こすのにも苦労するんですよね。右から左に抜けていってしまう感じ。ところが、この作品のように、抜けていったはずなのに何らかの残滓が残っているようなもどかしさを感じることもあります。


この作品、話自体は単純だと思うのですよ。私にとっては地元と言ってもいい、土地勘のある場所のあたりを舞台にした話です。小金が原とかね。演習で半死半生になっている兵隊さんたちと、主人公が生きたまま買った鴨との対比なんだよな。もし試験問題になるとしたら、「なぜ主人公は不愉快になったのか?」みたいなのが出るんでしょうね。受験生時代だったらいろいろと理由をつけて答えを導き出すのでしょうが、今の私なら「んなことしらん」と答えそうな気がします(笑)。少なくとも変に特定の考え方に結びつける読み方をしてはいけないのではないかと思うのですよ。
主人公が不愉快になったのはおそらく作中で描かれている事象によって不愉快に思った自分自身に不愉快になったからなんだろうなぁというところまでしか私には読めないですね。


最後に。くどいですが。こういう私小説の感想を書く時には作者と主人公を同一視しがちです。それが悪いとは言わないけれど、そう思いこむと痛い目に合うとも思うのですよ。小説という形で発表されている以上、ここで描かれていることは架空の出来事であるし、主人公の思いと作者の思いは一致していないと認識するのが安全だと思われます。



*1:私はあらすじ書くのが苦手なので……