現実と虚構を隔てる次元の壁

2次元にしか興味がない人がいるとか言われはじめてからかなりの年月が経つように思えます。
半分冗談で*1「次元の壁を越えたい!」などという人もいらっしゃいます。


2次元の世界を愛すると言うことは架空の世界に入り浸ると言うことと同じ意味ではありません。3次元であっても架空の世界は存在するわけですから。2次元よりも歴史が古いですよね。
では、現実の世界と架空の世界とのあいだには次元の壁は存在しないのでしょうか?




さて、今日感想を書いた『ザ・クオンツ』という本を読んで、こんな感想を持ちました。「ノンフィクションであるはずなのにフィクションぽいな」と。
それに対し、『ハヤテのごとく!』という漫画を読んで、「架空の世界を描いているのに妙に現実っぽい」という、感想を持っています。*2
もともとは3次元の現実を描いているはずなのに架空の世界っぽく感じる、逆に2次元の架空の世界であるにもかかわらず現実の世界っぽく感じる、その両者のあいだの違いを考えれば現実の世界と架空の世界の違いがわかるのではないか、そう考えた結果、ある結論に達しました。




現実の世界と架空の世界を隔てる次元の壁は3次元と4次元のあいだに存在する。




4次元、つまりは時間経過です。架空の世界であっても時間経過という概念を描くことができれば、それはすなわち現実っぽい世界を描いたことになる。逆に、現実の世界であっても、時間経過という概念を無視すれば架空の世界っぽく描くことができる。




結論に達してしまえばどうってことありませんが、それに気づくといろいろと見えてくる物が増えたように思えますね。




ところで、今日の記事では無視をした2次元と3次元の世界の違いっていうのはいったいなんなのでしょうか?
私からみても、2次元で描かれる架空の世界は魅力的に思えます。個人的には3次元で描かれる架空の世界より魅力的に思えます。それはいったいなぜなのでしょうか?


そのことについても書き進めたかったのですが、結局わからずじまい。もしなにか気づいたことがあったらまた書いてみようと思っています。



*1:冗談かどうかはわかんないんですけれど半々だろうなぁと勝手に想像

*2:それがどのように実装されたのかを考える過程がとても楽しかったですね(笑)