リアルを追いかけるネットには未来はない


「刺激的な内容で広告収入を得ることが生業になっている」



これって既存メディアの多くと一緒だよね。何も新しくないよね。




テレビや新聞でも同じような事が行われています。多くの場合、問題にならないように発信元に筋を通しているのでしょう。中には発信元からのクレームがあってもメディアが持つ力を背景として黙殺している事もあるでしょう。そもそも発信元にはクレームを広く知らしめる手段がありませんからね。
今はネットがあるじゃないか、とおっしゃられる向きもあるでしょうが、ネットの情報が広く知られるようになるには残念ながら既存メディアの力を借りないとかなり難しいと感じています。
東京キー局で1%の視聴率を取ると30万人の視聴者を想定できるらしいです。30万もの閲覧者を得る事はめっちゃたいへんですよね。それこそ既存メディア並みの影響力がないと無理でしょうねぇ。


話が逸れましたけれど、メディアは変わってもやることは同じなんだなぁと、とても切なくさびしい気分になります。別にこの話を聞いて、ってことじゃなくて、一般論としてさびしいですね。


ジャーナリズムでも創作でも評論でもなんでもいいです。もしネットで有名になるとどうなるか?
実は既に出来ているピラミッドの下段の方にちょろっと横入りすることが出来る程度なんですよね。そして、そのことを既存のメディアが取り上げる。
これは穿ち過ぎな見方だとは思うんですがね、ネットでの有名人を紹介するってのは既存権益を持つ側の抵抗なのではなかろうかとねぇ。
ネットの特徴である、誰が書いたか描いたか作ったかではなく何を書いたか描いたか作ったかが評価される、っていうところに目を向けずに、特定の個人をスターに持ち上げるって言うのは、既存のピラミッドに横入りできるという餌で既存のピラミッドに取り込もうという策略なのではないかなと。


もちろん、それが悪いわけではない。悪いと思っているわけではない。そのことで才能あふれる人がその得意とする分野で正当な対価を得られることになるのだったらそれは素晴らしい事。
でも、本来ならば「誰が」ではなく「何を」が評価されるべきで、それによって正当な対価を得られるのが正しい姿なんじゃないかなぁと思うんですよね。そして、今ようやくそれが実現できるかもしれないインフラが世界の一部では構築され始めているんじゃないかなと。そうなったら既存のピラミッドは存在意義が無くなってしまうんだろうなぁと。




出会った時に人生の道を踏み誤るくらいに衝撃を受けたネットの世界なんですから、もっともっと世界を変えて行くはずです。
中二病、この場合の中は中年な、的に思うわけですよ。


せっかくのインフラなんだからリアルを追いかけるんじゃなくてネットでしかできないことをやりたいじゃないですか。
そうでないとネットはいつまでもリアルのサブセットという位置から抜け出せないですよ。




と、〆の言葉を書いてから、前にもほぼ同じ事を書いたような気がしてきました。タイトルも同じだったりしたら笑えるけど検索しない。