コミュ力ってなんだろう?

まいどまいどオタク臭いことばっかり書いているから容易に想像はつくと思いますが俺はコミュ障です。
先日、「オタクって何?」って話を友達としていてそういうことなんだろうなと。「おたく」と「自分」とは全く別の考え方を持っているのが当たり前。相手は相手自分は自分、自分は自分の好きなことをしていて干渉される筋合いもないけれど相手は相手それにも干渉する気がない、そういう線引きをしているのが「オタク」なんじゃないかなって話にまとまった気がしますががっつり飲んでたのでよく覚えていません。


俺はまさにそんな感じで、ここに書くことだって読者が読みたいものというよりも自分が書きたいことを書きます。事実か嘘かなんて関係ありません。読者を意識して書いている記事だってもし反応があったらそれを分析するのを楽しみにして書いていたりします。


ところが、そんな俺が続けざまに「コミュ力高い」って言われちゃったりするのが世の中の不思議なところです。




話は簡単なんです。俺はコミュ力が無いことを自覚しています。だから無理してコミュニケーションを取ろうとする傾向が強いです。それが「コミュ力高い」と誤解されているのでしょう。他の人が自然にできることが自分には意識しないとできないというのは大きな弱点ですが、最近では練習の成果がようやく出て自然にできるようになってきたのかもしれません。
ただ、内面は全く変わっていないので苦手なことには変わりないです。


案外と端から見てあの人すごいと思うような時はそういう裏があったりするのかもしれません。弱点を自分で知っているからそこを補おうとしていて、だから目立つ。普通にできる人よりも目立つ。
コミュニケーション能力に限らずそういうことってありそうに思えます。


そもそもコミュ力ってなんなんでしょうね?俺は相手が言っていることを正確に理解し共感したり意見をしたりできる能力だと思っていますが世間的には違うのかもしれません。
俺の定義だと俺は絶対的にコミュ力が無い人間なんですけれどね。だって、相手は相手だもん。共感したり意見をしたりしてもしょうがない。そんな風に思ってしまいます。