読書感想文 筒井康隆著『48億の妄想』 − 紹介

まず、この小説の概要を紹介します。
もしかすると発表された当時、今で言うところのライトノベル的な扱いを受けていたかもしれないくらい読みやすい小説です。本来なら読んでいただいた方が速いのですが残念ながら簡単に手に入れることができません。
あくまでも私というフィルターがかかったあらすじです。他の人にとっては漏らすことのできない重要なイベントが抜け落ちていたり、作者の意図とは違うとらえ方をしている可能性もあります。また、散りばめられている各種のギャグはほとんどすべて割愛しています。この作品の魅力の一つは他者、自己、強者、弱者隔たり無く嘲笑するギャグにあるのですが、それはオリジナルを読むことによって初めて伝わる種類の面白さです。



報道

舞台は近未来の日本である。近未来というのがこの作品が発表された昭和40年(1965年)から見て近未来なのか、私が初めてこの小説を読んだ昭和60年(1985年)から見ての近未来なのか、今現在から見ての近未来なのか、それはわからない。


テレビがほぼすべての権力を掌握した日本。そこに住む人は一生に一度でもテレビに映ることを夢見ていて、さらに有名になることを夢想している。テレビに映る人すべてに対し、有名人であろうとインタビューに答える人であろうと、自分たちが気に入るような言動をすることをのぞみ、逆にもし自分がその立場に立ったらどういう反応をしようかということを常に考えている。
その世界では、至る所にカメラが設置されている。なにか面白いことがあったらすぐにそのカメラで捕らえられた映像と音声はテレビ中継される。そこに暮らす人たちは、この世界では「テレビ・アイ」と呼ばれているそのカメラを常に意識して生活してる。


テレビでの首相の発言を契機として日本と韓国の関係が悪化する中、外務大臣の浅香は窮地に立たされていた。
漁業問題、竹島問題など、どう転んでも失敗するような難題を抱え、進退窮まっていた。テレビ局は事前に会談の内容をよこせという。それがこの世界のルールだった。浅香はそれを拒み、執務室にあるテレビ・アイを切断する。そこにマスコミの代表隅の江が現れ浅香を追い込む。隠し持っていた拳銃を使い、自殺をするポーズを取ったが、浅香にはそれをすることができなかった。
しかし、結果的に隅の江の恫喝をきっかけにして浅香は心臓発作を起こし他界してしまう。


浅香の葬儀。当然のようにそれは一大イベントとしてテレビで生中継される。大げさに泣き続ける親族、悲しみに浸る表情を貪欲に捕らえようとするテレビ・アイ。そして、自分の悲しんでいる様がテレビに映ることだけを望んでいる参列者たち。
ところが、そのテレビ・アイに向かってほほえみかける娘がいた。
他ならぬ浅香の一人娘、暢子だった。
彼女の行動によって、主人公の折口をはじめ、テレビ局の連中はパニックに陥った。
テレビ・アイの前で、テレビの視聴者が望んでいない行動を取ることなどは、その世界ではありえないことだった。


折口は、トイレに駆け込み、自分を落ち着かせようとしていた。そんな彼は、さらにあり得ない光景を目にすることになる。
テレビ・アイの前ではほほえんだ暢子がテレビ・アイが設置されていないトイレの中で号泣していた。




折口は後日、暢子と再会する。
そこで、今までの自分の価値観を否定する、この世界の「本当のこと」を彼女に聞かされてしまう。
今の社会は「現実」ではない、ということを。




そのことを知ってしまってからも折口はテレビ局で働き続ける。ある日、テレビ・アイを監視する部屋で、折口はある少年がある小説家の家に忍び込み、盗みをしようとしていることを目にしてしまう。
すべてはテレビ・アイの監視下でそれは起こっていた。少年が作家に見つかり、作家にわび、そして、なぜか少年はその後作家にナイフで切りかかる。その一部始終を目撃してしまった。


少年が収監された警察署に向かった折口は彼と話す。そして、その少年も「本当のこと」に気づいてしまっていることを知る。
折口は少年にアドバイスを送る。知らない人が知っている人の振りはできないが、知ってしまった人は知らない人の振りをすることはできるはずである、と。少年はそのアドバイスを正確に理解し、「本当ではない」社会に身を投じようとする。そして、折口は、激しく嘔吐をする。




漁船が襲撃される事件が起き、日韓関係はさらにこじれてしまう。その中、隅の江が新たな企画を立ち上げた。テレビ局主催による、日本から韓国への報復行動である。
芸能人など著名な人たちからメンバーを選び、派手な演出で発表をする。攻撃に使う船はもともとは漁船だが「怨霊丸」「棺桶丸」と名付けられて、簡単な武装をすると同時にテレビ・アイを設置する。
折口はすでに「本当のこと」を知ってしまったので、ショーアップされた戦争というその企画には興味を示さなかった。




人気のある芸能人の結婚式が華やかに行われている。折口もテレビ曲の関係者なので、その宴に同席している。その時、大変なことが起こった。花嫁が何者かによって誘拐されてしまった。
誘拐犯を追う列席者たち。都心で繰り広げられる追いつ追われつの大捕物。折口は久しく忘れていた「現実感」を取り戻し、花嫁を取り戻すことに夢中になった。命の危険を顧みずに誘拐団を追いつめた彼の目の前にあった物は……。


誘拐騒ぎ自体が日韓海戦「K作戦」の最終メンバー選考テストだったのだ。



海戦

戦争である。しかしこれはショーアップされた戦争である。しかし、それでも戦争である。上官にあたる隅の江はそのS性を遺憾なく発揮し、腰抜けの芸能人を追いつめる。
そして、「本当のこと」を知ってしまった折口は、船に設置されているテレビ・アイの送信設備とレーダーを破壊するという暴挙にでる。


隅の江にとって、この戦争といつもやっているイベントとの間に違いはなかった。段取り通り事が進み段取り通り終わる。そういう戦争を想定していた。


ところが、韓国は本気だった。




日本側の方が若干大型の船とはいえ数に勝る韓国側との戦力差は明らかである。しかも、日本側はあくまでも擬似イベントとしての戦争しか想定していない。戦闘のプロとして送り込まれている人たちも、もともとやる気がなかったりそもそも在日韓国人だったりして戦力にはならない。いや、たとえ戦力になったとしても数人の力で戦況を一変させることは難しかった。
ここからは筒井康隆一流の血しぶき舞飛び肉片が飛び散るエロチックなはずなのにグロテスクな表現が炸裂する。太ったテレビマンが美しい女子大生になぶり殺しにされる場面などは、トラウマになる読者もいるかも知れない。


結果的にほとんどの戦闘員は死亡した。折口は結果的に生き延びることができた。彼らの行動は日韓関係には何ら影響せず、いわば無駄死にであった。


5年後。情熱を失った折口はテレビ局の閑職に追いやられ、しかしそれを恥じることもない、そんな人生を送っている。そして、彼は再度暢子と相まみえるのであった。